テツオは、長崎響写真館 井手家の5男3女の6番目。
男の中では 一番下。昭和8年生まれの 75才。
スキンヘッド風に サングラスをかけて、 自分の メルアド ガンジーに そっくりの 風貌。
話が 面白いので、通夜や 法事でも うちの娘たちに人気だが、
フーテンのトラさんみたいな 大風呂敷だから 話は半分に聞いといた方がいいよ という
キヨアキ(4男)からの忠告あり。(笑)
― これ ガラス乾板を 焼いてもらったんですよ。桃太郎(長男)が管理していた
井手伝次郎撮影の ガラス乾板(ネガ)が1200枚ぐらい出てきたんです。
これ てっちゃんでしょう?
テツオ そうそうそう。 オレだよ。
― てっちゃん かわいいなぁ。(笑)
これは どこの家かわかる?
テツオ カキドウ・・
― なに? どういう字?
テツオ 海の牡蠣に 道で カキドウ。井手家の避暑地。 毎年 行ってた。
お手伝いさんか 誰かの 実家だったのかもしらん。
遠望の 浜
テツオ 長崎に 彦山っていう
山があって、
日見トンネルっていう
トンネルを越えると、
眼下に海がある。
遠望(トウボウ)の浜って
海水浴場。
その港が 長崎ブラブラ節の
愛八姉さんの 生まれた
網場っていう漁村なんだ。
愛八姉さんは、そこから、
長崎の 丸山に 芸伎として
売られてきたわけ。
そこを行くと遠望の浜。その岬を回ったところに牡蠣道っていう漁村があって、その先が 雲仙の 島原半島になるわけだ。
― へえ、そこにお手伝いさんの家があったの?
テツオ うん、たぶんそうだと思う。避暑地は2つあって、もう一つは、古賀村。
― 写真のこの縁側が長い家、誰の家だろう? いい家だなぁって 思ってた。
テツオ これは、牡蠣道の家じゃないかなぁ
テツオ もう、とにかく オレは、おふくろから 浦島太郎って 呼ばれてた。
― なんで?
テツオ 帰らないから。 おもしろいから。
― キャハハハハハハ
テツオ 中学の子どもがいてね、冬は スズメ獲りに 連れて行ってくれるし、
夏は夏で ウナギとか カニとか 獲ったりね。
ベクトルが 合う
― 滝のところへ行ってる写真も あるね。
テツオ 轟(とどろき)の滝。
小さな滝は、長崎市内に
滝野観音っていうのがあったんだ。
轟の滝っていうのは、 汽車に乗って行く。
ちょうど佐賀県との境にある
ユエってところで下りるんだけど、
夏木さんによく連れて行ってもらったんだ。
― へええええ
テツオ 夏木さんとボクとは、どうゆうわけか
ベクトルが合うんだよなぁ。
― キャハハハハ(高笑い) そうなの?
確かに ナツキは いつも
てっちゃんてっちゃん言ってたもん。
なんでだろうねぇ。
テツオ そうでしょう?(うれしそうに)
どうゆうわけか、子どもの時から、
なんか不思議に ベクトルが合うんだよなぁ。(笑)
― だって、夏木は優等生だったんでしょ? イズミさん(3男)は、
ナツキがあまりにも優等生だから しゃくにさわって ぶんなぐったって。
テツオ うんうん(笑い出す) とにかく イズミさんは 怖かったからねぇ。よく殴られたよ。
ぼくらは もう ポッカポッカポッカポッカ殴られっぱなし。
― キャハハハハ
テツオ おふくろには 生たまごを 投げつけるしね。ひで〜もんだったよ、イズミの暴力は。
蝶とり
テツオ ボクはね、昆虫採集につれて行ってもらうわけ。そしてここで待ってろと。
渡りの 蝶が 来るわけやね。もう今日あたり来るはずだから。
今年は おまえにチャンスを与えるからって イズミさんが言ってね。
諏訪神社の、一本杉の右側。あの あたりから 城ノ古址の方へ 向かって飛んでくるから。
今日あたり来るはずだから待ってろって。
― うん うん。(固唾を呑む)
テツオ 朝まだきね・・・朝はや〜く 起こされて連れて行かれて。
そしたら来た〜!って言うわけ。
こっちは 見えないわけね。1キロも先から飛んでくるこんな小さいのが見えるわけがない。
でも イズミさんには見えるんだな。
― アハハハハ 何の蝶?
ネモト アサギマダラとか?
テツオ いや、アサギマダラではない。アサギマダラはどこにでもいたけどね。
ネモト タテハ系ですか?
テツオ タテハ系か ヒョウモンチョウ系だね。
ヒョウモン系の一種でね、めったに お目に かかれない 蝶だったらしい。
「来た〜!」 って泉さんが叫んだ時にはもう遅いよ。
パアアアって、わきを 通り過ぎていくわけ。1匹だけだもん。
― え? 一匹だけ?
テツオ そう。それを逃がしたもんだから、もう殴られる、殴られる。
「せっかくおまえにチャンスをやったのに、
また あと一年 チャンスを待たなければいけないじゃないか!」って。
― キャハハハハハ それなら
弟にやらせなきゃよかったじゃない。
テツオ そうだよなぁ。
わんわんわんわん 泣きながら 後をついて行くんだからね。
― 何才ぐらいの話?
テツオ うーん、まあ 幼稚園の頃やね。
― 幼稚園の頃? 幼稚園の頃じゃ 捕れるわけ ないよねぇ。
イズミさん!(笑)
豪傑ぞろい
― イズミさんと テッちゃんは 何才離れてるの?
テツオ イズミさんが4年生の時に、オレが1年生かな。
イズミさんのクラスにはね、もういろ〜んなサムライがたくさんおったのよ。
去年 亡くなったNHKの 吉田直哉さん・・・
― うんうん、NHKのディレクターの吉田直哉さんね。泉さんが 同級生だって言ってた。
桃太郎の 法事の時に その話を 初めて聞いて、そしたら その夜の ニュースで
吉田直哉さんが 亡くなったと 流れてびっくりした。 去年の10月ね。
テツオ そうそう 吉田直哉。あの人にも ずいぶんいじめられたよ〜。まあ、よくいじめられた。
いじめられたっっていうのは、かわいがられたっつうことなんだけどね。(笑)
亡くなる直前にね、文章書いてもらったんだよ。
― へええ。
テツオ オレが 同窓会の幹事だったから。オレはね、
長崎大学付属小学校の 最後の 幹事なんだよ。
なんでかっていうと、おれらの代の後は、原爆で 学校そのものが なくなっちゃったから。
― はああ そうか。
テツオ だから オレが 最後の幹事なんだ。
夏木さんにも、オレが 幹事だから 必ず来いよって 言ったら来たけどね。
その文集に、級友朝野雅彦君の紹介により 吉田先輩に 一筆書いてくれって 頼んだら、
書いてくれた。
「原稿料は払えんばい」って言ったら、
「わかってるばい。そげんことは気にせんでよか」って言ってた。(笑)
― アハハハハハ
テツオ その文章が、いい文章でねぇ。「ヒットラーは号泣した」って文章だけどね。
その中に出てくる「時計をバラした男」っていうのが、
アカガッシャンっていう あだ名の男が 出てくるんだけどね。
なんで アカガッシャンって 言うかというと、赤ら顔でね、いつもいじめられっ子でね。
そいつが模型飛行機の大会があるんだけど、そいつの飛行機は飛んだためしがないんだ。
いつも 失速して 落ちてしまう。
なんで落ちるのかって思ったらね、その理由がわかった。
あのね、上昇率の極限値 流体力学だけどね。
上昇率が よければよいほど失速して落ちるわけ。
その極限値を求めて、微分計算やってたわけ。小学生のくせにだよ。
― へええ。
テツオ そいつは、原爆で死んだけどね。先生に聞いたら、「ああ、あれは天才だった」って言ってた。
すごいヤツがいたんだよねぇ。
― その人も泉さんの同級生?
テツオ うん、そう。それが吉田直哉の文章に出てくる時計をバラした犯人だけどね。
イズミさんとか 吉田直哉とかが、寄ってたかって時計をバラしてね。
早期教育
― てっちゃんは、何年生まれですか?
テツオ 昭和8年。
― じゃあ、キヨアキの2コ下。だから泉さんの3コ下だね。
じゃあ、蝶々捕りに行ったのは、小学生になってからじゃない? 幼稚園じゃムリでしょう?
テツオ そうかもしらん。どうも勘定合わないんだよね。(笑)
旧制中学の受験に失敗して 浪人したんだよ。
― なんで、夏木とベクトルが合ったんだろうね。
テツオ (うれしそうに)なんか合ったねぇ。いっつも2人でいたよ。
― え? 2人でいたの?
テツオ いっつも2人でいた。だから、赤ん坊の時から、夏木に英語をしこまれたんだ。
― へええ そうなの。
テツオ よく覚えてるのはね、こういう手回しの 蓄音機で、オペレッタの レコードが あったんだよ。
「チャメコの一日」っていう・・・
―
知ってる〜!!!!(叫ぶ)
夜が明けた〜夜が明けた〜(歌う)
もう 夜が明けた〜もう夜があけた〜 あけたあけた 夜が明けた〜♪
ってやつでしょう? 納豆買うんだよね
テツオ (急に ボーイソプラノで歌い出す)
明けた 明けた 早起きだ〜♪
(レコードの)表面も裏面も 全部歌えるよ。(笑)でも なんで チコ(私)が知ってるの?
― だって、夏木が毎晩 私たち子どもを寝かせる時に 歌ってたんだもん。(笑)
アハハハハハ この歌のこと、前から 誰かに聞きたかったんだよ! 初めてだ!
いや〜 今日はなんて 収穫だ!!(昂奮する)
テツオ この歌を大好きな人がいてね、誰かって言うと、黒柳徹子。この歌を聴いて育ったんだって。
ボクも夏木さんに毎日聞かされて、この歌で育ったんだ。いまだに全部歌えるよ。
子どもの時の記憶力ってすごいね!
― 誰の歌なの? 黒柳徹子も持ってたってことは、全国的に 発売されてたってことだよね。
テツオ そうでしょうねぇ。で 裏面に 学校で授業があるんだよね。
― うんうん。
テツオ
一本3銭のえんびつ〜♪(急にまたきれいな ソブラノになる)
3本買ったら いくらに なりますか〜 サザンが9ですから、みんなで9銭に
なります〜♪
― ヒーヒー(笑い過ぎて 声が出ない)
テツオ それが、おれはまだ幼稚園だからさ、うまく発音できないわけ。
一本3銭のえんぴつ っていうのを、「いっぽんしゃんしゃえんののんぴゅつを」って言ったわけ。
そうしたら 夏木が「一本さんせんの! えんぴつ!」って
夏木に特訓受けたわけ。(笑)
― ヒーヒー おかしすぎる。 あとさ、歌の中に いざりが出てくるんだよね。
(いざりとは足が悪くて這って歩く人)
テツオ うん、そう。
いざりは たいそう よろこんで〜♪ (またきれいな声で歌い出す)
― そうそうそう!(爆笑)
テツオ
その、釜を 頭に かぶって 〜♪
― なんで いざりが出てくるのか ちっともわからなかったけど。アハハハハハ
テツオ せんぶ覚えてるよ、ぼく。
― アハハハハ 長年の 謎が 解けた。 この歌知ってる人に初めて会った。なんか
納豆売りに来るんだよね。
テツオ
なっとなっと〜 ナットウ〜味噌マメ〜 ♪ と やってくる。
どうして チコが 知ってるの?
― だからぁ、(笑い過ぎてしゃべれず) 夏木がいつも 歌ってくれたんだってば。
テツオ そうか。 それで、最後におれが 泣き出すわけ。発音できないから。
そうすると夏木が、「ほれ!」って背中出すでしょう? その背中にのかって、表に散歩に出るわけ。
そうすると夏木が 子守歌歌ってくれるの。 (また気取ったソプラノで)
Won't you tell me, Mollie darling〜
賛美歌なんだよね、冬の星座とか きよしこの夜 Silent night とか。
それでぇ、からだが もう 英語を聞いとるのよね。それで 夏木に英語を仕込まれた。
― はあ。じゃあ前に、夏木の背中から 英語を覚えたって言ってたのは、そういう意味なんだ。
おんぶされてたってことね。
テツオ そう! そういうこと。
― だから 今 英語を 教えてるんだ。
テツオ そう! だからぁ、英語は、小学校からじゃ 遅いわけ。
― アッハハハハハ 。 早期教育ね。
テツオ だって 国際語だもの! 日本語と一緒に教えていかなきゃ、もう遅いよ!
今、おれ 英語教えに行ってるでしょう? 最初にABCDも読めない時から、
ギター弾きながら
、♪ABCDEFG〜♪ って 歌えば、一発で覚えちゃうもん、
子どもは。
― 子どもに教えてるの?
テツオ そうだよ。夏休みには、学習センターに子どもたちたっくさん来るんだ。
あ、子どもの相手なら 井手さんや ってことになるわけやね。(笑)
― アハハハハ
テツオ で、ギター持って行ってやるわけ。じゃんけん遊びをやったりとかさ。
言うこときかない子は、ちょっと来 いと言ってボカっと殴るわけ。
でもひっぱたかれた子はさ、わんわん痛いよ〜って泣くけども、
もう5分もすると、おれのベルト引っ張って遊んでいるもんね。
子どもっていうのは、虐待とスキンシップとの違いをさ、身体で感じ取ってくれるんだよね。
そういう子に限って、ひっぱたいた子が 一番なついてるね。授業終わる頃には。
女テツオ
― 夏木とは5才ちがいだね。
テツオ そうかもしらんね。で、よく轟きの滝ってところに、汽車に乗って連れて行ってもらった。
― へえ? いくつぐらいの時?
テツオ 小学生の頃やね。夏木の仲間いるでしょ?
3人娘。 マッチゲとか。名前忘れた。
(タエ子さん)
― マッチゲ 亡くなったんだよ、去年。
テツオ マッチゲ死んじゃったの?!
よく可愛がってもらったんだよ、
テッちゃんテッちゃんって。
オレは、夏木のそばにくっついて離れないから、
遊びに行くのに、くっついて行ったな。
― じゃあ、泉とかキョアキと遊ぶより、夏木と遊んでたってこと?
テツオ いやいや、おれは誰とでも遊んでたけど、夏木さんは変わってるからさぁ、
だから みんなから敬遠されてたんだよ。
― キャハハハハハ 誰から? 女の子から?(爆笑)
テツオ いや、女の子からも 男からも敬遠されてた。
― アハハハハ じゃあ てっちゃんが 救ってやったんだ。(笑)
テツオ まあ そうかな。桃太郎さんは、兄妹全員にあだなをつけてたんだけど、
夏木のことを「女テツオ」と呼んでた。仲良かったからね、おれら。(笑)
― キャハハハ だから夏木は、自分の息子に 徹って、名前つけたんだよ。(私の弟は 徹)
ネモト そうだったのか。(笑)
テツオ おまえの名前もらうぞって 言ってたもん。
― てっちゃん、てっちゃん言ってたもん。
テツオ たまに電話すると、びっくりしてたもんね。 「今度は 何やらかしたの?」って。
何か困ったことあったら夏木さんに電話してたからね。
― 夏木は泉さんから見ると優等生だったのに、テツオから見るとハズレてたって 不思議だね。
ミヤおばちゃんは、兄さんたちに育てられたって言ってたよ。
テツオ うん、悪いことは全部教えた。(笑)でもミユキちゃんの方が、ちょこちょこついてきたなぁ。
響写真館の お弟子さん
― てっちゃんが何年生の時に、太良に引っ越したの?
テツオ 小学校6年生の時。
― だったら、けっこう覚えてるよね。響写真館がいい時のことも覚えてる?
テツオ かすかに覚えてる。
― クリスマスの写真がたくさんあるんだけど、覚えてますか?
テツオ そうそうそうそう。(にやける)覚えてるよ。おれ、あの 天花粉、フラッシュが怖くて泣いたもん。
― アハハハ なんかみんなへんな 変装してるよ。
テツオ そうそう、仮装行列ね。(笑)
― なに? あれ?(笑)
テツオ 仮装。クリスマスの仮装行列。(笑)
― 誰が させてるの?
テツオ 誰がやらせたのかなぁ〜? 店の人じゃないか? 大久保。大久保月光っていう
お弟子さんがいたんだよ。
彼が 夏木さんとも仲良くてね。夏木さんが大久保スタジオでの撮った写真も持ってるよ。
― 今 長崎で月光スタジオってやってらっしゃるよね。去年、ムツコさんと挨拶して来た。
テツオ 泉さんも、最初大久保スタジオに弟子入りしたんだよね。
― 山崎さんって 知ってる?
山崎喬(たかし)さん。
テツオ うん、知ってるよ。
― 今度、その山崎さんの 娘さんと
初めて お会するの。
長崎新聞社の記者が、
響写真館の お弟子さんだった山崎さんの娘で
グラフィックデザイナーの山崎加代子さんを
私と 繋げてくださったの。
テツオ へえええええ。いや、顔と名前が
一致するわけじゃないんだけどね。(笑)
おれが一番覚えてるのは、イガグリさん。
細谷印刷っていうのがあって。伝次郎が作った
長崎・雲仙っていうアルバムを印刷をした人。
その印刷会社の社長が、伝次郎に弟子入りして来たわけ。
これからの印刷は 写真なしでは考えられないって。 だから伝次郎さんも気に入って。
こいつは見込みのあるやつだって。 その細谷さんが、イガグリ頭だったんだよね。
この人がおれのこと可愛がってくれたんだ。
「テッチャン」って、頬ずりしてくるんだけど、これが痛いんだ、ヒゲの 跡がすれて。(笑)
― 黒田さんって人もいた?
テツオ うん、いたね。
― すごいいっぱいお弟子さんがいたよね。
テツオ うん、いたね。けっこういたね。
― 楽しかったね、子どもは。お弟子さんたちは住み込み? 通い?
テツオ 住み込みもいたよ。5、6人は住み込み いたね。
おとがめなし
― お手伝いさんも住み込み?
テツオ そうそうそう、住み込み。で 小学校の頃はさ、家に帰ってくるのが、もう夜遅くだからさ。
もう、家帰っても、面白くないからさ、どうせ食うもんもないし。
戦時中だから。家帰っても食うもんないから。
テツオ だから、長崎の 段々畑に行って、盗んで食ってたわけ。
― アハハハハ
テツオ で 遊び回って、帰ってくると、もう夜暗いでしょう?
怒られるのが 怖いから、そ〜っと女中部屋にしのび込むわけ。
そうすると、女中さんがさ、ご飯に牛乳かけてくれるわけよ。
おふくろにバレんようにそおっと食わしてくれて。
おふくろも知ってたんだろうけど、知らんふりしててくれたんだろうね。
毎晩そんなだったから。
― アッハッハッハ ミヤちゃんは、怒られて 外の柱に 縛られたって言ってたよ。
テツオ そうそうそうそう!(思い出して声が大きくなる)
あれはね、ナカノミチオっていうのがいてね、もう死んだけどね。そいつの家によく遊びに行ったんだよ。
お父さんが高級官僚でね、大きな庭を持った大きな家だったけど、その息子が どうしようもないワルでね。
だからおれと ベクトルが合ったんだろうねぇ。
― アハハハハハ
テツオ それで遊びに行って、防空壕の中で、妹たちもいるわけ。ミヤちゃん、ミユキちゃん、そいつとオレ。
ワルがき6人で、わんさわんさと遊んで、面白いから夜遅く、暗くなってから帰るわけ。
― その時、怒られて縛られたのね。
テツオ オレは縛られない。
― え? なんで?
テツオ おれは、縛られない。おれはもっと残酷な罰。
― 何?
テツオ おとがめなし。
― お咎めナシ?
テツオ そう! それで ミヤちゃんやミユキちゃんを 外の柱に縛りつけて、
せっかんするのを見せるわけよ。 梅子さん(母親)っていうのは、
そういう残酷なことをする人だったねぇ。今っでも忘れない!
― はあ。
テツオ オレが犯人なのにだよ! オレが犯人なのに、部下を縛りつけてせっかんする。
それをオレに見せつけるわけよ。 キツイおふくろだったよ〜。
― アハハハハ
テツオ ミヤちゃんは、しくしく泣いてたけどね、ミユキちゃんは、気が強いから、
「かあさまのバカやろう〜!」って、近所中に聞こえるような大声で怒鳴るんだよね。
「かあさまのばか〜!」って」おふくろは、恥ずかしいからミユキを中に入れる。
― アハハハハ それで中に入れたのか。全然ちがうなぁ。ミヤちゃんの記憶と。(わ笑)
ミヤちゃんは、ミユキだけが許されて、家に入れてもらえて、自分だけが外に縛られたまま残されたって言ってたよ。
テツオ それは ミユキが怒鳴るからよ。かあさまのバカ〜!って。
近所中うるさいからねぇ、かっこ悪いから中に入れたわけよ。
― 兄妹の記憶って だいぶ話がちがうなぁ。(笑)
逃げるが勝ち
― そういう時、イズミさんとかはどうするの?
テツオ しらんぷりしてたよ。 男でね、割とよく面倒をみてくれたのは、コウゾウさん。
コウゾウさんはね、中学校の頃、よく山へ連れて行ってくれたね。リュック背負ってね。
― それはイズミさんも言ってた。
テツオ キヨさん(すぐ上の清明)は、優しかったね。ほんと、子どもの時から優しかった。
ケンカするでしょ? ケンカするといつも、泣くのはキヨさんや。
なんでかって言うと、「お兄ちゃんだから辛抱しなさい」って言われるわけよ。
さんざん殴りあったあげく、お兄ちゃんだから辛抱しなさいって言われたら、つらいよな。
― じゃあ、てっちゃんが 一番 甘い汁じゃない?(笑)
でもキヨさんは、テっちゃんは、悪そうだけど、根が優しいって言ってたよ。意気地ないって。(笑)
テツオ まあ、ハッタリばっかりだからね。
― アハハハハ
テツオ そう! 逃げるが勝ち!もう、 ヤバイっ!と思ったらね、逃げるのだけは、早いんだよ。(いたずらっこみたいに得意そうに)
ヤバイっ! と思ったら、もう、そこらへんにはいないんだ。
― アハハハハハ いないの?
テツオ いないよっ!(うれしそうに)
― コウゾウさんも言ってた! テツは 逃げるが勝ちやったなぁ〜って。(笑)
宮城礼拝で
テツオ 小学校の時にね、朝礼の時に黙祷させるわけよ。宮城礼拝!って言ってね。
その時、おれは消灯ラッパをやらかしたわけ。
― え??
テツオ 学校生徒が 全員頭を下げて、黙祷してる時にね、
♪ ショウネンヘイハ カワイソーダネー♪ マタネテナクンダロー♪
これは、まだいいんだよ。 続きがあるんだ。(得意そうに)
♪ レンタイチョウノ チンチンミタカ〜♪ ミタミタ ヒゲダラケ♪
こ〜れ、やるもんだから・・・
― やるってどういうこと? テッチャンが 歌ったの?
テツオ そうそうそうそう。(得意そうに)朝礼の時にね、全生徒が頭下げて、
みんなシ〜ンとして 宮城礼拝してる時に・・・
― どういう兄弟だよ!(笑) キヨアキも 長中(長崎中学)の入学式で、
テンオウヘイカノ〜って みんながシーンとしてる時に、 笑っちゃったんだってよ。
テツオ おれがそれを歌うもんだから、カワサキ先生っていう担任の先生が
「イデ〜!」って叫んで 追いかけてきた。
もう学校中走り回るわけ。 全校生徒が笑うわけ。
こっちは走るは、 走るは、 学校中走り回ったね。
だから!(強調する)逃げるのだけは、得意なんだよ。
幼稚園の入園式で
― アッッハハハハ(爆笑)桜ヶ丘幼稚園の入園式の日にも、
壁じゅうにいたづら書きしたって、誰か言ってたよ。
テツオ それはね、(おごそかな語り口調で)パっと見たら、新年度だから、
幼稚園の壁が だ〜って塗り替えてたわけ〜・・・・
そこへ、入園したばかりでクレヨンを配布されたからさ、タダじゃあ、すまねぇよ。(歌舞伎調で)
― アハハハハハハ(爆笑)
テツオ もう 壁いっっっっっぱいに、ギンヤンマのメスを描いたわけ。
― ギンヤンマのメス?(爆笑)
テツオ うん、メス。メスの方が好きだったの。(うれしそう)
やはり 栴檀は双葉よりかんばしって、ね。
オスとメスと違うわけ、 形も色もね。
あのオスはね、ブルーなんですよ。メスはね、オリーブグリーンなんですよ。
オリーブグリーンなんて しゃれた色の クレヨンないからね、
まあ茶色で かくわけさ。壁いっっぱいにね。
― そんなに大きく?(笑)
テツオ もう、うずうずして、描きたかったんだねぇ。そしたら、さっそく おふくろが幼稚園に呼び出された。
幼稚園で父兄が呼び出されたっていうのも・・・
― しかも 入園式の日に(笑) なんで、キヨアキも中学の入学式だし・・・(笑)
テツオ おふくろは、さんざん絞られたらしいよ。園長先生、恐かったもの〜。袴はいたおばあさんでね。
「てっちゃん、ここに座りなさい!」って。
ケンカ大将
テツオ それでも 幼稚園の時に、ケンカ大将になっちゃったの。ケンカ弱いくせに、無鉄砲だから。
それに、ポケットにいつも アシカガシ持ってたからね。
― なに? アシカガシって?
テツオ 毒へび。(ケロっとした顔で)
― ど!・・・くへび?(爆笑)
テツオ ポケットに毒へび入れてたからね、みんなから英雄だったわけよ。(笑)
― なんで ヘビ持ってるの!
テツオ だって、かわいかったもん!(子どものような言い方)
― つかまえる時は平気なの?
テツオ マムシほど毒は強くない
んだけどね、
うっかりして産卵期に手を出しちゃったんだな。
普段は青白いが、産卵期にはピンク色に変わる。
ピンクに 手を出したから 噛みつかれたんだ。
そしたら、イズミさんがすっ飛んできて、口で毒をバアアアって吸って、ぺっぺっと出してくれた。
イズミさんは、小学生の頃から、そういうことをよく知ってたんだね。
とにかく アシカガシに噛まれたらね、ヘラクチ(マムシ)ほど毒は強くないけど発熱する。
そういうことも、イズミさんはよく知ってた。
― で、平気だったの? テツオ うん。平気だったよ。
あとここに まだキズが 残ってるんだけどね、(額のキズを見せる)
これは なにかっていうと、ガマ。 ヒキガエル。
ヒキガエルのケツにね、かんしゃく玉って花火を突っ込んで、バ〜ンってやったの。
イズミさんに、ヒキガエルは 毒性が強いから気をつけろって 言われたんだよね。
言われたら、ますますこっちはやりたくなるでしょう?(笑)
― アハハハハハ ほら、また井手家はいつも、やるなって言われるとやるんだから。
テツオ で、やっちゃったら、ヒキガエルの毒が バアアアっと飛んで散らして、体中 じんましんが出た。
― いや〜。それでも懲りなかったのね。 夏木がよく テっちゃんは 蛙のお尻に、麦わら入れて、
口で空気入れて、ふくらまして、パーンって破裂させてたって、言ってたよ。
テツオ そうそうそう!(得意そうに)その要領でガマガエルもやったんだよ。(笑)
写真は 響写真館 井手伝次郎撮影 ガラス乾板
焼き付けは タケミ・アートフォトス