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人の痛み

人の痛みのわかる人に、なりましょう。とは よく言うが 
言うがやすし 人の痛みほど 実は わかりにくいものはない。
 
同居の91才のおババさまは 血圧240あっても 薬も飲まないし 
熱が38度あっても からだの浄化作用だから と 
病院にも行かないで自然療法と 神様の 気功治療に頼ってきた。

が、自分の からだの声を よく聞いているぶん、
毎日どこかしら痛いし 具合が悪い。

この不定愁訴は 20年以上続く 毎日のことなので、
私は「ハイハイ、またかまってほしい病ね」
とは もちろん言わないが

「低気圧が近づいているからね、膝も痛むんだよ」 とか
本人も ナットクして安心しそうな 原因を 提示して 軽く流してしまう。

「そうだね、低気圧が 通る時は 病んでる人は 苦しむよねぇ」と 
食いついてくれればいいが 

たいていは 私の提示は 即行却下されて
「あんたには 人の痛みは わからない! 年寄りの苦しみは なってみないと わからない!」
と 叱られる。

私なりに 痛みの引き出しを 探ってみるが
ぎっくり腰の あの起きるのに 40分かかった 激痛の中でも 
おババさまに しれると 「腰痛は 先祖の戒告だ!」 とか 言われるので、
なんでもないふりして おババさまの 座卓に 食事を運んだり
プランターの土を運んでいたからなぁ・・・・
痛さは 経験してても 安静にしてられる状況は まったくなかったから
自分の痛みにさえ 鈍感になっている というか・・・・・

毎日 一緒にいる家族は 日々の細かい変化を 見守っていることが 大きな役割で、
かまってほしい病に 全面的につきあうと こっちの生活と 精神が ヤラレる。

客観的にみて 大丈夫と わかる時は、 本人のマイナス志向を
「お花でも 買い物に行く?」と 意欲の出る プラス志向に 持ち上げるしかない。

それって 病人本人の 痛みと不安からすると
たぶん ちょっと(いや、かなり) 冷たく感じるのだと思う。
 
「そんなことできる 状態だと 思ってるのか。 
もう いつ お迎えが来てもいいと 思ってるのに!」

(いや〜 ふつうこの年で 3回も入院続いたら かなり 弱ったり
ボケたりするが それが まったくないのは 驚異的だ!
お迎えは 当分来そうにないのでは?) とは もちろん言わないが・・・・

入院中に看護師さんから 
「いやあ おばあちゃん 91と思えない! この病院で 一番元気で若い!
 受け答えもトントンして どうやったら そういられるの?」と
みんなから言われたのは 超ごきげん。 素直に プラスに浮上した。

 う〜ん いつも 素直に 乗ってくれれば 私が そばにいる意味があるんだけどねぇ。
元気の素は 素直と感謝だと 思うけど、
これが 家族だと なぜか けっこう ねじれる・・・・

人の痛みがわからない人間だ とか 
あんたは優しいふりして 根本的には ちがう人間だ。
とか 面と向かって言われると けっこうイタイが
まあ 当たってはいる。 私は けっこう 事務的で 達観しちゃう方だから。
  
そういえば 亡くなった生みの母も 70を越えて リュウマチが出た時は
水道の栓もひねれない、 洗濯バサミも つまめない、
いつ 途切れるともわからない この痛みの連続ほど 苦しいものはない・・・・
と 電話で グチグチ言ってきた。

母は ふだんはカラっとして 人の痛みも あまり意に介しないようなところがあり、
私が 初めてのお産で 実家に戻って 産気づいた朝も
「あら 痛いの? バカねぇ〜」と 笑われたことがあり、
初めて産気づいてる娘に 「バカねぇ〜は ないだろー」 と 私は 切なかった。(笑)

一時が万事 そんな感じで 人のことは 割合 バッサリ クールに扱う母だったのに、
なぜか自分になると 痛くてめそめそ泣く母に 私はちょっとうろたえた。

そして 一度しか 助けに行ってあげなかった。

一度 見回りに行った時、
古新聞紙を それ用の袋に入れることができないと グズグズ言うので、
パッパと おおざっぱに入れてたら 
「そんな入れ方じゃダメよ〜」と 横でグチグチ言う。

「自分で できないから 人にやってもらうのに、
そんな細かいことで グチグチ言ってたら 誰もやってくれないよ!」と
私は イライラした。

こんなに 痛くて こんなに助けを求めてる 目の前の母に対しても
娘って(息子もかな?) なぜか不思議に イライラするのだ。

姑にあたる 同居のおババさまには そんなこと言ったことないから
実の母娘の 直球は けっこう からだに来る。

一度引き受けると どっとなだれてきそうな気がして、
頼れないと 思わせた方がいいな と 思ったのかどうか・・・・・

その後 一度も 行ってあげなかった。 

ある日 この痛みから 逃れられるなら ワラをもすがる思いだと、
リウマチの 新薬の治験を受けると 母から 電話が来た。

「新薬なんて どんな 副作用が出るか わからないから やめなよ。
治験って 人体実験でしょう?」
という 私の言葉はきかずに 母は大学病院に 一人で 入院した。

「行こうか?」
「いや 大丈夫。」

いつもの クールな母に戻っていたので なんだか安心して、
私は 一度も 見舞いに 行かなかった。

その新薬のおかげで 母は ずいぶん 痛みから解放された。

今思えば あの 痛みを 訴えていた時に もっと行ってあげればよかったと 思う。
最期に 脳の 悪性リンパ腫で 入院した時は
入院と同時に 言葉を失ったので、
痛いとも 苦しいとも こうしてほしい とも
言えないまま 死んだから。
 
体験したことない 人の痛みは 本当にわかりにくい。
そばにいて 黙って 手を当てて あげるだけで 
たぶん じゅうぶんなんだと 思う。 
| おばんの病みつき | 23:07 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comment
他の人にはめったに腹がたったことがないのに、年老いた母親のことになると何故かピリッとなる・・・自分。一番近い肉親に自分を重ねてみるせいなのか、自分はああなるまい、こうなるまいと思っているせいなのか・・・・修行が足りぬとつくずくおもいしらされている人間がこここにもいます。
2010/07/28 12:31 AM, from べッキー
わあ インドのベッキーさん、父の時もご心配いただいたのに、返信しなくてごめんなさい。お祝い事があったみたいで よかったね!おめでとう。ゲゲゲの境港のお母さんを見るたびに、ベッキーさんの深山桜な
お母さんを思い出しますよ。娘が遠く離れていることを、学生時代から
覚悟していたお母様でしたが、いつも娘の名前をつぶやくって言ってらしたよ。ベッキーさんでもそんなふうに思うなんて意外だなぁ。今どきの仲良し母娘に比べたら、ずいぶん遠く離れて淋しい想いをさせてきたんだから、イライラしないで優しくしてあげてね。(ひとには言える)
2010/07/28 2:52 PM, from かんからかん









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