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長崎8人兄妹物語 テツオの仰天記憶力 その1 響写真館

今週は、イズミのインタビューをアップする予定だったが、
テツオのアルバムが 大阪のアルバムエキスポに  展示されることになったので、
急遽 アルバムと一緒に送られてきた 膨大な テツオの 手書き資料を アップすることにした。
他に 長崎 片淵町周辺地図、 疎開した 佐賀県多良周辺図が あるが、 まずは 響写真館から。
 
昭和の始め、井手伝次郎が 長崎片淵町で始めた 響写真館は、写真の 技術が高く、
おしゃれで モダンな 「響で 写真を撮るのが 女性たちの憧れだった」と 言われるほど
当時は 繁盛した。

だが、戦争がエスカレートするに伴い、 写真館で 記念写真を 撮ってもらう人は激減し、
10人近くいた お弟子さんたちは 次々兵隊に取られた。
出征兵士の写真を撮る仕事は あったが、伝次郎は これを 拒否したため、
軍部から 資財の供給もストップされ、厳しい検閲、 憲兵に何度も 連行され 痛い目に遭う、など
伝次郎は 嫌気がさして 昭和18年か19年には 写真館を閉じ、
昭和20年春 家族で 佐賀県太良へ 疎開した。

おかげで原爆は 免れたが、終戦後も 長崎に戻ることはなく 井手一家は 奈良へ出た。
一時は 東の 淵上白陽、小川月舟、西の 井手伝次郎と 呼ばれた 響写真館は、
昭和のはじめ 18年間だけ 長崎に存在した 写真館ということになる。

井手伝次郎が 生前発表した 『長崎』 『雲仙』という 写真集他 スタジオ撮影の 写真は、
東京都写真美術館に 2002年 寄贈した。

テツオは 昭和8年生まれの 今年76才。長崎には、10年間しかいなかったのに、
70年近く前の 生活圏の 再現力は、兄弟たちも たまげていた。
(話は 脚色が多いから 半分に聞いておけと 言われたが、地図は 正確らしい。笑)
ねもとパーティのミチコちゃんとまりちゃんが テツオの A4 15枚 びっしり手書きの 原稿を
爆笑しながら パソコンに入力してくれた。(助かった!)

すでに 公開してる写真も多いが、該当する写真を 探し出したので(汗)
改めて 見取り図と 照合して見ると、 響写真館の 様子が 浮かび上がる。


     響写真館 見取り図 (井手徹生おじが 2009年 当時を思い出して 書いてくれたもの)
 

♂薇のアーケード 
¬臙

 防空壕は空襲が激化してから掘った。

ぁ\个世燭 (玄関ポーチ上の バルコニーから撮影)
 ポーチ 
Α玄関  中町天主堂から頂いたステンドグラスの灯窓(電灯の右下あたり)
                           

  

А受付及び電話                  

一階ロビー 

 
 写真水洗場 兼 3ガキの遊び場 

 主にネガ修正などが行われた仕事場
ダンボールで作った長ーいメガホンが壁づたいに天井を突き抜け、2階の暗室とつながっている。
これを使って暗室との連絡に使っていた。
そこでテツオは一計を案じ、いつもテツオをからかってばかりいた黒田さんが 暗室入るのをしっかり見とどけるとサッと1階に下りて来て、そのメガホンに口をつけて大声一発「クロダのバカヤローッ!」やらかしたら、伝次郎になぐられる前にダダーッ! その逃げ足の早いこと。
 しかしいつも同じ柳の下にどじょうがいるとは限らない。
次の日「クロダのバ・・・」やな予感がしてうしろをふり向くと、そこに黒田さんが立っていた。
「かんにーん、かんにーん」と泣きわめいても もう遅い。首ねっこをつかまれ2階の暗室まで引きづり上げられて現像、焼付の助手をやらされた。1時間近くも!何と言う悲劇だ。 

伝次郎の書斎  

電気蓄音機があって・・・
テツオのお気に入りは 
シャリアピンの「ノミの歌」
あのオホホホホ・・・云う笑い声に
テツオがいつもおどけてみせるので、梅子が笑ってたっけ。

この部屋でおきたボヤ事件、
まだ小学生だった夏木の 
奮闘ぶりは 今でも覚えている。
長話になるので割愛。 
                                                           
 ぶどう棚







                                              座敷


梅子化粧室
洗面所 

♪ ♪ ♪ 水道のお水をカナダライへ♪ジャブジャブジャブと汲み込んで
ライオンはみがきで歯をみがき、シャボンのあぶくを両手につけてお顔を洗えば
今度はさっぱり目がさめた 
♪ちゃめ子の一日 (下の附記参照)

 お風呂・・・といえばミユキのうぶ湯を思い出す。産まれた日・・・。
                            
                        小部屋→ 
              
このふすまのかげから
                ヤギメ~をやったわけ。 

                                  
                                 
お茶の間 伝次郎は長火鉢、子供たちはちゃぶだい。

♪ お膳の上にはおちゃわんとお箸 赤い箸箱小さなお椀 ♪ お椀の中にはわたしの好きな卵のおつけがはいってます。♪ おつけはご飯にかけたいけれど中々熱くてかけられない。やっぱり別々にたべましょう。♪ お皿にあるのはブドウ豆、同じ豆でも納豆はわたしは臭くてたべられない。♪(この辺からテンポがだんだん早くなる) 豆をたべたらその次ぎはたくあん  におこうこ お茶づけサラサラおこうこパリパリ サラサラ パリパリ もうたくさん、かあさま御馳走さま おゝ苦し♪ (ちゃめ子の一日)  
帳場   粥台所 ウイーンという電気冷蔵の騒音とカマドとのアンバランス。
 
21 女中部屋 22 洗濯場  
23 物置小屋、ぬかみそとかびの臭いとのアンサンブルにすばらしい小宇宙があった・・・テツオの世界。
 24 石炭置場 
                          砂場
25井戸  

26 裏木戸 






 27 鯉のいる池 →

テツオ一生一代の不覚、ここで「アンヨが上手」をやってたら急にミユキが池をのぞき込んだ。
ヤバイと思ったけど手遅れ ドブーン! ばあやが真っ青になってとんできた。



28  中野家事件でミヤとミユキがしばりつけられた庭木   

29 はなれ 古賀のおばあちゃんがいなくなってから、
こゝで幸蔵さんから柔道を習った。
小学生だから柔道のすそを引きづっていた。



 
30  このならびは金魚池や草花、秋にはこおろぎやすず虫の声 

31 縁側 斗魚やエンゼルフィッシュなどの熱帯魚ローラカナリヤ、胡錦鳥・・・おまけに縞リスまでいる楽しい動物エンガワ 

      
32盆栽庭 こゝでチャンバラやるから大へん!
  33 温室兼用具小屋  

34 写場(しゃじょう = スタジオ)                                                                 

  
  天井及び北側は、すべてすりガラスで 自然光が いっぱい。                                            
                                                      ピアノ 



35 暗室。 焼付に使う自然光を取り入れるための潜望鏡があった。

36 写真用具及材料物置 37 お客様用化粧室

38小バルコニー↓
                 


39 玄関のポーチの上の露天バルコニー
    テーブルや椅子などがおいてあった。

                                

 
40 この階段を上ると屋根の上  急勾配の屋根で遊ぶのはスリル満点だったがその事がバレて
3兄弟はおしおきを受けた。 
41 弟子部屋  42子供部屋(女)  43 子供部屋(男)

44  ナツキの机 テツオは夏木の勉強机にへばりついて夏木の英語の発音を盗んだ。
イズミはナツキをなぐった罪で、勉強机や 昆虫採集の道具と共に
 はるか弟子部屋へ島流しとなったのである。めでたしめでたし。


  45 物干しベランダ 弟子部屋との界が白ヘビの通路だった。

写真はすべて 長崎響写真館 井手伝次郎撮影の ガラス乾板 焼き付けは タケミ・アートフォトス


附記 茶目子の一日

テツオの話に出てくる 『茶目子の一日』は、
私が子どもの頃 母がよく歌ってくれて ヘンな歌だなぁ と思っていたが、
テツオが 今でも歌えるので びっくり仰天。 井手家にあった オペレッタのレコードだったいう。
黒柳徹子の部屋で 話題になったこともあるようで、当時流行った レコードらしい。

テツオの記事で そのことを書いたら、なんと私の同級生 オスエの家に 復刻版の
CDがあり! これも びっくり仰天。 さっそく送ってもらって 聞いた。(オスエ ありがとう!)
小さい時は イザリが出てきて 怖かったが、差別用語だからか カットされていた。


  
ジャケットの 茶目子さんと 似たような ワンピースで 
母が写った写真があって、これまたびっくり。
当時 流行った ワンピースかな? (笑)
| 長崎8人兄妹物語 | 21:36 | comments(2) | trackbacks(0) |
Comment
響写真館の見取り図に驚愕しました。記憶ってすごい!!
この図と写真で、当時の生活の雰囲気が立ち上がってくるね。

写真の力を軽視してきたなと思います。
写真撮るより心に焼き付けるんだ、なんて言ってる輩に限って、あっさりすっかり忘れるんだよなあ(ハイ、私のことです)

いろいろあってブログを見るのが今日になりました。レスポンス遅くてごめん。展覧会行きたいけど、無理かもしれない…でも行きたいなあ…
2009/12/06 10:14 AM, from オスエ
オスエに借りた茶目子のCD、やっと紹介することができました!長いことお借りしてありがとう。お母様おじさまによろしく!
記憶ってすごいねぇ。私も下北沢北口から東大原小学校まで見取図書けるかしら・・・ムリ・・・
佳奈の版画展 前回も知らないうちに行ってくださってありがとう。
オバサンオジサンファンが多いアーティスト。(笑)作品に限らず、そもそもギャラリー空間は、なぜか自分の内側を反転する不思議なパワーがあるので、精神のリフレッシュにぜひ行ってくださいな。 
2009/12/07 9:30 AM, from かんからかん









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