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No more HIBAKUSYA 長崎を 最後の 被爆国に! 

母の兄妹の聞き書き、長崎8人兄妹物語を このブログ上で 公開しているので、
おじおばたちから 貴重な資料が 次々 私に届く。

母の兄妹は、悲劇も 喜劇に笑い飛ばして 語る 家系なので、
聞き書きは 抱腹絶倒 ほんとに 面白いが、
彼らが 十代で 直面した 事実は、
昭和のはじめから 20年過ぎまで、日本中の 少年少女が 直面した 多くの事実同様
笑い飛ばすわけには いかない。

この春 イズミおじから 送られてきた 長男 井手桃太郎が 撮った 長崎の 写真。 初めて見た。
いずれ もっと適切な 形で 公開できれば、と思うが、
そうなると かえって見る人も 限定されるので、世界的な wave に 乗せる。
緑字は、 写真の裏面に あった 桃太郎自身の メモ書きである。

昭和21年冬? 浦上天主堂下 葬列

昭和21年冬?  浦上天主堂





昭和22年8/15 原爆2年後。 長崎原爆の 跡地 地上500mで 爆発

22年8/15  長崎原爆中心地 バックは鎮西中学校々舎
この500m上空でプルトニウム爆弾が爆発したとのこと。



昭和22年・・・・  戦後2年 経過しても これか・・・・・

昭和25年頃? 浦上天主堂
同上



25年? 福済寺跡 窓の向こうは 中町天主堂の塔 


撮影した 井手桃太郎は、私の伯父。 母の8人兄妹の 長男。
上の写真は、暗号兵として 従軍していた 宮崎県都城から 復員して、
長崎 活水女学院の 美術教師に 戻り、 
活水敷地内の 教職員宿舎で、私の母夏木と 住んでいた頃に 撮影した ものだろうか。  

原爆直後の 長崎については、 2007年8月に 私が 話を 伺った時も 何も 語らなかったが、
生まれ育った町の このような姿を カメラに収める時の 気持ちは どんなだっただろう。
2007年10月 桃太郎は 膵臓癌で 亡くなった。 

風景を 失う・・・ ということが 人間に 何を もたらすのか・・・
当時の 思いを 聞くことは、もう かなわない。


下の1枚だけは 井手伝次郎(私の祖父 長崎響写真館主)が撮影した 被爆前の 浦上天主堂の写真。
祈りの声が 天主堂に 響く。 廃墟との 違いが 歴然とする。





附記1






写真家の 東松照明氏が、長崎に入って 原爆被害の 写真を 撮り始めたのは、16年後である。
11時2分で 止まった腕時計や、爆風により崩壊した 浦上天主堂の たくさんの 天使像など、 
衝撃的な 写真が多い。
『長崎曼荼羅』は、コンパクトな 新書版で 見られる写真集なので、 ぜひ 多くの人に 読んでほしい。



長崎新聞社新書
http://www.nagasaki-np.co.jp/jigyoubu/book/2005/12.html


 

附記2

毎年 8月6日 広島 秋葉市長の 平和宣言に 襟を正す。
いつも 核兵器廃絶の実現へ向けて 具体的な、至近目標を かかげ 次の1年を 動くから。 

オバマジョリティー。 今年4月の オバマの 核兵器廃絶へ向けての プラハ宣言を 受けて
核兵器廃絶をめざす 多数派を オバマジョリティーと 名づけた。 

もしかしたら・・・ 世界的な 地殻変動に 私も 願いを 託すけれど、
シンボルと かけ声に 弱い 日本人。
オバマに 追随し、 熱狂するだけでは 二の舞だ。

事実を 少しでも知れば、事実の持つ あまりの 衝撃に えぐられる。 
不合理に 震える。 こんなことが あってよいのか と 誰でも思う。
こんな思いを 他の誰にもさせてはならぬと 思う。

その 言葉に ならない 個人個人の 気持ち だけを 信じる。

だから 今からでも 事実を 知ってほしい。 (私も 探りはじめたばかりだ。)
オバマにも ヒロシマナガサキに来て 見てほしい。
64年の間 日本 そして 他の国でも そうやって、 自分たちのできることを 訴え続けた人たちがいる。
私たちが 追随すべきは そういう マジョリティだろう。

長崎を 最後の 被爆国にしてください!
高校生たちが 核廃絶を訴え 1万人署名を 集め、(今では 何十万の署名になっている) 
今 私たちにできること を考え、 動きはじめている。

No more HIBAKUSYA 
被爆者と こんなに 堂々と 誰も 言えなかった。
被害者であるのに 二重の差別と 排除と 隠蔽を 受ける構造・・・

一瞬にして 失われた 風景と 愛するすべてのものに 怯え、おののき、
なぜ?どうして?と問い、絶望し、
生き残った自分を責め、生きて行くために 試練と 変換し、
口を閉じ、封印し、忘却しようとつとめ、
それでも フラッシュバックに怯えながらも 生きなければ いけなかった。

昭和20年8月。 あの 原子野で 風景を失った 少年少女たちの震えには 決して迫れなくても、
祖父祖母たちの世代の 想いを 受け継いで 動き出した 高校生たちに 私も 願いを 託す。

これも 長崎新聞社から 活動の記録が 出ている。 
高校生1万人署名活動 高校生パワーが世界を変える
http://www.nagasaki-np.co.jp/jigyoubu/book/syomei.html
今伝えたい 被爆者の心 高校生一万人署名活動・DVD制作奮闘記
http://www.nagasaki-np.co.jp/jigyoubu/book/index.html

附記3
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| 長崎8人兄妹物語 | 11:02 | comments(2) | trackbacks(17) |
Comment
根本千絵さま


はじめまして、小田原と申します。

本記事にて公開されている井手桃太郎氏撮影の原子爆弾中心地の矢羽型標柱について、お聞きしたいことがあり連絡いたしました。

現在、この矢羽型の標柱について資料・情報を集めております。もしここで公開されている2枚のお写真のネガ、写真の現物をお持ちでしたらお見せいただくことはできないでしょうか。

私は大学院で美術史を研究しながら、彫刻家として活動しております。過去にこの標柱の存在を知り、作品のモチーフにもしたのですが(http://odawaranodoka.com/arrow7.html)、今回、根本様の伯父さまの写真をこちらのブログで拝見し、この写真を分析すれば書かれている文字や構造についてより具体的な情報が得られるのではないかと考えております。標柱についての調査の結果は、より多くの人に知ってもらえるように、学会誌等で発表する計画です。

こちらのコメントに書き込む以外の方法で、連絡を取る術がなく、長文を書き込んでしまい大変失礼いたしました。

本件についてご検討、ご回答いただければ幸いでございます。


小田原拝

2013/12/18 7:35 PM, from odawara nodoka
のどかさん、先日はお電話でお話できてよかったです。この標識が2年間しか立ってなかったとか、当日の長崎市長の字とか、私の知らないことを教えてくださってありがとう。記号学会面白そう!研究成果教えてくださいね。
2013/12/21 11:39 PM, from かんからかん









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