
2009.06.09 Tuesday
長崎8人兄妹物語 テツオ その1
テツオは、長崎響写真館 井手家の5男3女の6番目。
男の中では 一番下。昭和8年生まれの 75才。
スキンヘッド風に サングラスをかけて、 自分の メルアド ガンジーに そっくりの 風貌。
話が 面白いので、通夜や 法事でも うちの娘たちに人気だが、
フーテンのトラさんみたいな 大風呂敷だから 話は半分に聞いといた方がいいよ という
キヨアキ(4男)からの忠告あり。(笑)
― これ ガラス乾板を 焼いてもらったんですよ。桃太郎(長男)が管理していた
井手伝次郎撮影の ガラス乾板(ネガ)が1200枚ぐらい出てきたんです。
これ てっちゃんでしょう?

テツオ そうそうそう。 オレだよ。
― てっちゃん かわいいなぁ。(笑)


これは どこの家かわかる?
テツオ カキドウ・・
― なに? どういう字?
テツオ 海の牡蠣に 道で カキドウ。井手家の避暑地。 毎年 行ってた。
お手伝いさんか 誰かの 実家だったのかもしらん。


遠望の 浜


テツオ 長崎に 彦山っていう
山があって、
日見トンネルっていう
トンネルを越えると、
眼下に海がある。
遠望(トウボウ)の浜って
海水浴場。
その港が 長崎ブラブラ節の
愛八姉さんの 生まれた
網場っていう漁村なんだ。
愛八姉さんは、そこから、
長崎の 丸山に 芸伎として
売られてきたわけ。
そこを行くと遠望の浜。その岬を回ったところに牡蠣道っていう漁村があって、その先が 雲仙の 島原半島になるわけだ。

― へえ、そこにお手伝いさんの家があったの?
テツオ うん、たぶんそうだと思う。避暑地は2つあって、もう一つは、古賀村。
― 写真のこの縁側が長い家、誰の家だろう? いい家だなぁって 思ってた。
テツオ これは、牡蠣道の家じゃないかなぁ

テツオ もう、とにかく オレは、おふくろから 浦島太郎って 呼ばれてた。
― なんで?
テツオ 帰らないから。 おもしろいから。
― キャハハハハハハ
テツオ 中学の子どもがいてね、冬は スズメ獲りに 連れて行ってくれるし、
夏は夏で ウナギとか カニとか 獲ったりね。
ベクトルが 合う
― 滝のところへ行ってる写真も あるね。
テツオ 轟(とどろき)の滝。
小さな滝は、長崎市内に
滝野観音っていうのがあったんだ。
轟の滝っていうのは、 汽車に乗って行く。
ちょうど佐賀県との境にある
ユエってところで下りるんだけど、
夏木さんによく連れて行ってもらったんだ。
― へええええ
テツオ 夏木さんとボクとは、どうゆうわけか
ベクトルが合うんだよなぁ。
― キャハハハハ(高笑い) そうなの?
確かに ナツキは いつも
てっちゃんてっちゃん言ってたもん。
なんでだろうねぇ。
テツオ そうでしょう?(うれしそうに)
どうゆうわけか、子どもの時から、
なんか不思議に ベクトルが合うんだよなぁ。(笑)
― だって、夏木は優等生だったんでしょ? イズミさん(3男)は、
ナツキがあまりにも優等生だから しゃくにさわって ぶんなぐったって。
テツオ うんうん(笑い出す) とにかく イズミさんは 怖かったからねぇ。よく殴られたよ。
ぼくらは もう ポッカポッカポッカポッカ殴られっぱなし。
― キャハハハハ
テツオ おふくろには 生たまごを 投げつけるしね。ひで〜もんだったよ、イズミの暴力は。
蝶とり
テツオ ボクはね、昆虫採集につれて行ってもらうわけ。そしてここで待ってろと。
渡りの 蝶が 来るわけやね。もう今日あたり来るはずだから。
今年は おまえにチャンスを与えるからって イズミさんが言ってね。
諏訪神社の、一本杉の右側。あの あたりから 城ノ古址の方へ 向かって飛んでくるから。
今日あたり来るはずだから待ってろって。
― うん うん。(固唾を呑む)
テツオ 朝まだきね・・・朝はや〜く 起こされて連れて行かれて。
そしたら来た〜!って言うわけ。
こっちは 見えないわけね。1キロも先から飛んでくるこんな小さいのが見えるわけがない。
でも イズミさんには見えるんだな。
― アハハハハ 何の蝶?
ネモト アサギマダラとか?
テツオ いや、アサギマダラではない。アサギマダラはどこにでもいたけどね。
ネモト タテハ系ですか?
テツオ タテハ系か ヒョウモンチョウ系だね。
ヒョウモン系の一種でね、めったに お目に かかれない 蝶だったらしい。
「来た〜!」 って泉さんが叫んだ時にはもう遅いよ。
パアアアって、わきを 通り過ぎていくわけ。1匹だけだもん。
― え? 一匹だけ?
テツオ そう。それを逃がしたもんだから、もう殴られる、殴られる。
「せっかくおまえにチャンスをやったのに、
また あと一年 チャンスを待たなければいけないじゃないか!」って。
― キャハハハハハ それなら
弟にやらせなきゃよかったじゃない。
テツオ そうだよなぁ。
わんわんわんわん 泣きながら 後をついて行くんだからね。
― 何才ぐらいの話?
テツオ うーん、まあ 幼稚園の頃やね。
― 幼稚園の頃? 幼稚園の頃じゃ 捕れるわけ ないよねぇ。
イズミさん!(笑)
豪傑ぞろい

― イズミさんと テッちゃんは 何才離れてるの?
テツオ イズミさんが4年生の時に、オレが1年生かな。
イズミさんのクラスにはね、もういろ〜んなサムライがたくさんおったのよ。
去年 亡くなったNHKの 吉田直哉さん・・・
― うんうん、NHKのディレクターの吉田直哉さんね。泉さんが 同級生だって言ってた。
桃太郎の 法事の時に その話を 初めて聞いて、そしたら その夜の ニュースで
吉田直哉さんが 亡くなったと 流れてびっくりした。 去年の10月ね。
テツオ そうそう 吉田直哉。あの人にも ずいぶんいじめられたよ〜。まあ、よくいじめられた。
いじめられたっっていうのは、かわいがられたっつうことなんだけどね。(笑)
亡くなる直前にね、文章書いてもらったんだよ。
― へええ。
テツオ オレが 同窓会の幹事だったから。オレはね、
長崎大学付属小学校の 最後の 幹事なんだよ。
なんでかっていうと、おれらの代の後は、原爆で 学校そのものが なくなっちゃったから。
― はああ そうか。
テツオ だから オレが 最後の幹事なんだ。
夏木さんにも、オレが 幹事だから 必ず来いよって 言ったら来たけどね。
その文集に、級友朝野雅彦君の紹介により 吉田先輩に 一筆書いてくれって 頼んだら、
書いてくれた。
「原稿料は払えんばい」って言ったら、
「わかってるばい。そげんことは気にせんでよか」って言ってた。(笑)
― アハハハハハ
テツオ その文章が、いい文章でねぇ。「ヒットラーは号泣した」って文章だけどね。
その中に出てくる「時計をバラした男」っていうのが、
アカガッシャンっていう あだ名の男が 出てくるんだけどね。
なんで アカガッシャンって 言うかというと、赤ら顔でね、いつもいじめられっ子でね。
そいつが模型飛行機の大会があるんだけど、そいつの飛行機は飛んだためしがないんだ。
いつも 失速して 落ちてしまう。
なんで落ちるのかって思ったらね、その理由がわかった。
あのね、上昇率の極限値 流体力学だけどね。
上昇率が よければよいほど失速して落ちるわけ。
その極限値を求めて、微分計算やってたわけ。小学生のくせにだよ。
― へええ。
テツオ そいつは、原爆で死んだけどね。先生に聞いたら、「ああ、あれは天才だった」って言ってた。
すごいヤツがいたんだよねぇ。
― その人も泉さんの同級生?
テツオ うん、そう。それが吉田直哉の文章に出てくる時計をバラした犯人だけどね。
イズミさんとか 吉田直哉とかが、寄ってたかって時計をバラしてね。
早期教育

― てっちゃんは、何年生まれですか?
テツオ 昭和8年。
― じゃあ、キヨアキの2コ下。だから泉さんの3コ下だね。
じゃあ、蝶々捕りに行ったのは、小学生になってからじゃない? 幼稚園じゃムリでしょう?
テツオ そうかもしらん。どうも勘定合わないんだよね。(笑)
旧制中学の受験に失敗して 浪人したんだよ。
― なんで、夏木とベクトルが合ったんだろうね。
テツオ (うれしそうに)なんか合ったねぇ。いっつも2人でいたよ。
― え? 2人でいたの?
テツオ いっつも2人でいた。だから、赤ん坊の時から、夏木に英語をしこまれたんだ。
― へええ そうなの。
テツオ よく覚えてるのはね、こういう手回しの 蓄音機で、オペレッタの レコードが あったんだよ。
「チャメコの一日」っていう・・・
― 知ってる〜!!!!(叫ぶ)
夜が明けた〜夜が明けた〜(歌う)
もう 夜が明けた〜もう夜があけた〜 あけたあけた 夜が明けた〜♪
ってやつでしょう? 納豆買うんだよね
テツオ (急に ボーイソプラノで歌い出す) 明けた 明けた 早起きだ〜♪
(レコードの)表面も裏面も 全部歌えるよ。(笑)でも なんで チコ(私)が知ってるの?
― だって、夏木が毎晩 私たち子どもを寝かせる時に 歌ってたんだもん。(笑)
アハハハハハ この歌のこと、前から 誰かに聞きたかったんだよ! 初めてだ!
いや〜 今日はなんて 収穫だ!!(昂奮する)
テツオ この歌を大好きな人がいてね、誰かって言うと、黒柳徹子。この歌を聴いて育ったんだって。
ボクも夏木さんに毎日聞かされて、この歌で育ったんだ。いまだに全部歌えるよ。
子どもの時の記憶力ってすごいね!
― 誰の歌なの? 黒柳徹子も持ってたってことは、全国的に 発売されてたってことだよね。
テツオ そうでしょうねぇ。で 裏面に 学校で授業があるんだよね。
― うんうん。
テツオ 一本3銭のえんびつ〜♪(急にまたきれいな ソブラノになる)
3本買ったら いくらに なりますか〜 サザンが9ですから、みんなで9銭に
なります〜♪
― ヒーヒー(笑い過ぎて 声が出ない)
テツオ それが、おれはまだ幼稚園だからさ、うまく発音できないわけ。
一本3銭のえんぴつ っていうのを、「いっぽんしゃんしゃえんののんぴゅつを」って言ったわけ。
そうしたら 夏木が「一本さんせんの! えんぴつ!」って
夏木に特訓受けたわけ。(笑)
― ヒーヒー おかしすぎる。 あとさ、歌の中に いざりが出てくるんだよね。
(いざりとは足が悪くて這って歩く人)
テツオ うん、そう。
いざりは たいそう よろこんで〜♪ (またきれいな声で歌い出す)
― そうそうそう!(爆笑)
テツオ その、釜を 頭に かぶって 〜♪
― なんで いざりが出てくるのか ちっともわからなかったけど。アハハハハハ
テツオ せんぶ覚えてるよ、ぼく。
― アハハハハ 長年の 謎が 解けた。 この歌知ってる人に初めて会った。なんか
納豆売りに来るんだよね。
テツオ なっとなっと〜 ナットウ〜味噌マメ〜 ♪ と やってくる。
どうして チコが 知ってるの?
― だからぁ、(笑い過ぎてしゃべれず) 夏木がいつも 歌ってくれたんだってば。
テツオ そうか。 それで、最後におれが 泣き出すわけ。発音できないから。
そうすると夏木が、「ほれ!」って背中出すでしょう? その背中にのかって、表に散歩に出るわけ。
そうすると夏木が 子守歌歌ってくれるの。 (また気取ったソプラノで)
Won't you tell me, Mollie darling〜
賛美歌なんだよね、冬の星座とか きよしこの夜 Silent night とか。
それでぇ、からだが もう 英語を聞いとるのよね。それで 夏木に英語を仕込まれた。
― はあ。じゃあ前に、夏木の背中から 英語を覚えたって言ってたのは、そういう意味なんだ。
おんぶされてたってことね。
テツオ そう! そういうこと。
― だから 今 英語を 教えてるんだ。
テツオ そう! だからぁ、英語は、小学校からじゃ 遅いわけ。
― アッハハハハハ 。 早期教育ね。
テツオ だって 国際語だもの! 日本語と一緒に教えていかなきゃ、もう遅いよ!
今、おれ 英語教えに行ってるでしょう? 最初にABCDも読めない時から、
ギター弾きながら、♪ABCDEFG〜♪ って 歌えば、一発で覚えちゃうもん、
子どもは。
― 子どもに教えてるの?
テツオ そうだよ。夏休みには、学習センターに子どもたちたっくさん来るんだ。
あ、子どもの相手なら 井手さんや ってことになるわけやね。(笑)
― アハハハハ
テツオ で、ギター持って行ってやるわけ。じゃんけん遊びをやったりとかさ。
言うこときかない子は、ちょっと来 いと言ってボカっと殴るわけ。
でもひっぱたかれた子はさ、わんわん痛いよ〜って泣くけども、
もう5分もすると、おれのベルト引っ張って遊んでいるもんね。
子どもっていうのは、虐待とスキンシップとの違いをさ、身体で感じ取ってくれるんだよね。
そういう子に限って、ひっぱたいた子が 一番なついてるね。授業終わる頃には。
女テツオ
― 夏木とは5才ちがいだね。
テツオ そうかもしらんね。で、よく轟きの滝ってところに、汽車に乗って連れて行ってもらった。

― へえ? いくつぐらいの時?
テツオ 小学生の頃やね。夏木の仲間いるでしょ?
3人娘。 マッチゲとか。名前忘れた。
(タエ子さん)
― マッチゲ 亡くなったんだよ、去年。
テツオ マッチゲ死んじゃったの?!
よく可愛がってもらったんだよ、
テッちゃんテッちゃんって。
オレは、夏木のそばにくっついて離れないから、
遊びに行くのに、くっついて行ったな。
― じゃあ、泉とかキョアキと遊ぶより、夏木と遊んでたってこと?
テツオ いやいや、おれは誰とでも遊んでたけど、夏木さんは変わってるからさぁ、
だから みんなから敬遠されてたんだよ。
― キャハハハハハ 誰から? 女の子から?(爆笑)
テツオ いや、女の子からも 男からも敬遠されてた。
― アハハハハ じゃあ てっちゃんが 救ってやったんだ。(笑)
テツオ まあ そうかな。桃太郎さんは、兄妹全員にあだなをつけてたんだけど、
夏木のことを「女テツオ」と呼んでた。仲良かったからね、おれら。(笑)
― キャハハハ だから夏木は、自分の息子に 徹って、名前つけたんだよ。(私の弟は 徹)
ネモト そうだったのか。(笑)
テツオ おまえの名前もらうぞって 言ってたもん。
― てっちゃん、てっちゃん言ってたもん。
テツオ たまに電話すると、びっくりしてたもんね。 「今度は 何やらかしたの?」って。
何か困ったことあったら夏木さんに電話してたからね。
― 夏木は泉さんから見ると優等生だったのに、テツオから見るとハズレてたって 不思議だね。
ミヤおばちゃんは、兄さんたちに育てられたって言ってたよ。
テツオ うん、悪いことは全部教えた。(笑)でもミユキちゃんの方が、ちょこちょこついてきたなぁ。
響写真館の お弟子さん
― てっちゃんが何年生の時に、太良に引っ越したの?
テツオ 小学校6年生の時。
― だったら、けっこう覚えてるよね。響写真館がいい時のことも覚えてる?
テツオ かすかに覚えてる。
― クリスマスの写真がたくさんあるんだけど、覚えてますか?
テツオ そうそうそうそう。(にやける)覚えてるよ。おれ、あの 天花粉、フラッシュが怖くて泣いたもん。
― アハハハ なんかみんなへんな 変装してるよ。

テツオ そうそう、仮装行列ね。(笑)
― なに? あれ?(笑)
テツオ 仮装。クリスマスの仮装行列。(笑)
― 誰が させてるの?
テツオ 誰がやらせたのかなぁ〜? 店の人じゃないか? 大久保。大久保月光っていう
お弟子さんがいたんだよ。
彼が 夏木さんとも仲良くてね。夏木さんが大久保スタジオでの撮った写真も持ってるよ。
― 今 長崎で月光スタジオってやってらっしゃるよね。去年、ムツコさんと挨拶して来た。
テツオ 泉さんも、最初大久保スタジオに弟子入りしたんだよね。
― 山崎さんって 知ってる?
山崎喬(たかし)さん。
テツオ うん、知ってるよ。
― 今度、その山崎さんの 娘さんと
初めて お会するの。
長崎新聞社の記者が、
響写真館の お弟子さんだった山崎さんの娘で
グラフィックデザイナーの山崎加代子さんを
私と 繋げてくださったの。
テツオ へえええええ。いや、顔と名前が
一致するわけじゃないんだけどね。(笑)
おれが一番覚えてるのは、イガグリさん。
細谷印刷っていうのがあって。伝次郎が作った
長崎・雲仙っていうアルバムを印刷をした人。
その印刷会社の社長が、伝次郎に弟子入りして来たわけ。
これからの印刷は 写真なしでは考えられないって。 だから伝次郎さんも気に入って。
こいつは見込みのあるやつだって。 その細谷さんが、イガグリ頭だったんだよね。
この人がおれのこと可愛がってくれたんだ。
「テッチャン」って、頬ずりしてくるんだけど、これが痛いんだ、ヒゲの 跡がすれて。(笑)
― 黒田さんって人もいた?
テツオ うん、いたね。
― すごいいっぱいお弟子さんがいたよね。
テツオ うん、いたね。けっこういたね。
― 楽しかったね、子どもは。お弟子さんたちは住み込み? 通い?
テツオ 住み込みもいたよ。5、6人は住み込み いたね。
おとがめなし
― お手伝いさんも住み込み?
テツオ そうそうそう、住み込み。で 小学校の頃はさ、家に帰ってくるのが、もう夜遅くだからさ。
もう、家帰っても、面白くないからさ、どうせ食うもんもないし。
戦時中だから。家帰っても食うもんないから。
テツオ だから、長崎の 段々畑に行って、盗んで食ってたわけ。
― アハハハハ
テツオ で 遊び回って、帰ってくると、もう夜暗いでしょう?
怒られるのが 怖いから、そ〜っと女中部屋にしのび込むわけ。
そうすると、女中さんがさ、ご飯に牛乳かけてくれるわけよ。
おふくろにバレんようにそおっと食わしてくれて。
おふくろも知ってたんだろうけど、知らんふりしててくれたんだろうね。
毎晩そんなだったから。
― アッハッハッハ ミヤちゃんは、怒られて 外の柱に 縛られたって言ってたよ。
テツオ そうそうそうそう!(思い出して声が大きくなる)
あれはね、ナカノミチオっていうのがいてね、もう死んだけどね。そいつの家によく遊びに行ったんだよ。
お父さんが高級官僚でね、大きな庭を持った大きな家だったけど、その息子が どうしようもないワルでね。
だからおれと ベクトルが合ったんだろうねぇ。
― アハハハハハ
テツオ それで遊びに行って、防空壕の中で、妹たちもいるわけ。ミヤちゃん、ミユキちゃん、そいつとオレ。
ワルがき6人で、わんさわんさと遊んで、面白いから夜遅く、暗くなってから帰るわけ。
― その時、怒られて縛られたのね。
テツオ オレは縛られない。
― え? なんで?
テツオ おれは、縛られない。おれはもっと残酷な罰。
― 何?
テツオ おとがめなし。
― お咎めナシ?
テツオ そう! それで ミヤちゃんやミユキちゃんを 外の柱に縛りつけて、
せっかんするのを見せるわけよ。 梅子さん(母親)っていうのは、
そういう残酷なことをする人だったねぇ。今っでも忘れない!
― はあ。
テツオ オレが犯人なのにだよ! オレが犯人なのに、部下を縛りつけてせっかんする。
それをオレに見せつけるわけよ。 キツイおふくろだったよ〜。
― アハハハハ
テツオ ミヤちゃんは、しくしく泣いてたけどね、ミユキちゃんは、気が強いから、
「かあさまのバカやろう〜!」って、近所中に聞こえるような大声で怒鳴るんだよね。
「かあさまのばか〜!」って」おふくろは、恥ずかしいからミユキを中に入れる。
― アハハハハ それで中に入れたのか。全然ちがうなぁ。ミヤちゃんの記憶と。(わ笑)
ミヤちゃんは、ミユキだけが許されて、家に入れてもらえて、自分だけが外に縛られたまま残されたって言ってたよ。
テツオ それは ミユキが怒鳴るからよ。かあさまのバカ〜!って。
近所中うるさいからねぇ、かっこ悪いから中に入れたわけよ。
― 兄妹の記憶って だいぶ話がちがうなぁ。(笑)
逃げるが勝ち
― そういう時、イズミさんとかはどうするの?
テツオ しらんぷりしてたよ。 男でね、割とよく面倒をみてくれたのは、コウゾウさん。
コウゾウさんはね、中学校の頃、よく山へ連れて行ってくれたね。リュック背負ってね。
― それはイズミさんも言ってた。
テツオ キヨさん(すぐ上の清明)は、優しかったね。ほんと、子どもの時から優しかった。
ケンカするでしょ? ケンカするといつも、泣くのはキヨさんや。
なんでかって言うと、「お兄ちゃんだから辛抱しなさい」って言われるわけよ。
さんざん殴りあったあげく、お兄ちゃんだから辛抱しなさいって言われたら、つらいよな。

― じゃあ、てっちゃんが 一番 甘い汁じゃない?(笑)
でもキヨさんは、テっちゃんは、悪そうだけど、根が優しいって言ってたよ。意気地ないって。(笑)
テツオ まあ、ハッタリばっかりだからね。
― アハハハハ
テツオ そう! 逃げるが勝ち!もう、 ヤバイっ!と思ったらね、逃げるのだけは、早いんだよ。(いたずらっこみたいに得意そうに)
ヤバイっ! と思ったら、もう、そこらへんにはいないんだ。
― アハハハハハ いないの?
テツオ いないよっ!(うれしそうに)
― コウゾウさんも言ってた! テツは 逃げるが勝ちやったなぁ〜って。(笑)
宮城礼拝で
テツオ 小学校の時にね、朝礼の時に黙祷させるわけよ。宮城礼拝!って言ってね。
その時、おれは消灯ラッパをやらかしたわけ。
― え??
テツオ 学校生徒が 全員頭を下げて、黙祷してる時にね、
♪ ショウネンヘイハ カワイソーダネー♪ マタネテナクンダロー♪
これは、まだいいんだよ。 続きがあるんだ。(得意そうに)
♪ レンタイチョウノ チンチンミタカ〜♪ ミタミタ ヒゲダラケ♪
こ〜れ、やるもんだから・・・
― やるってどういうこと? テッチャンが 歌ったの?
テツオ そうそうそうそう。(得意そうに)朝礼の時にね、全生徒が頭下げて、
みんなシ〜ンとして 宮城礼拝してる時に・・・
― どういう兄弟だよ!(笑) キヨアキも 長中(長崎中学)の入学式で、
テンオウヘイカノ〜って みんながシーンとしてる時に、 笑っちゃったんだってよ。
テツオ おれがそれを歌うもんだから、カワサキ先生っていう担任の先生が
「イデ〜!」って叫んで 追いかけてきた。
もう学校中走り回るわけ。 全校生徒が笑うわけ。
こっちは走るは、 走るは、 学校中走り回ったね。
だから!(強調する)逃げるのだけは、得意なんだよ。
幼稚園の入園式で
― アッッハハハハ(爆笑)桜ヶ丘幼稚園の入園式の日にも、
壁じゅうにいたづら書きしたって、誰か言ってたよ。
テツオ それはね、(おごそかな語り口調で)パっと見たら、新年度だから、
幼稚園の壁が だ〜って塗り替えてたわけ〜・・・・
そこへ、入園したばかりでクレヨンを配布されたからさ、タダじゃあ、すまねぇよ。(歌舞伎調で)
― アハハハハハハ(爆笑)
テツオ もう 壁いっっっっっぱいに、ギンヤンマのメスを描いたわけ。
― ギンヤンマのメス?(爆笑)
テツオ うん、メス。メスの方が好きだったの。(うれしそう)
やはり 栴檀は双葉よりかんばしって、ね。
オスとメスと違うわけ、 形も色もね。
あのオスはね、ブルーなんですよ。メスはね、オリーブグリーンなんですよ。
オリーブグリーンなんて しゃれた色の クレヨンないからね、
まあ茶色で かくわけさ。壁いっっぱいにね。
― そんなに大きく?(笑)
テツオ もう、うずうずして、描きたかったんだねぇ。そしたら、さっそく おふくろが幼稚園に呼び出された。
幼稚園で父兄が呼び出されたっていうのも・・・
― しかも 入園式の日に(笑) なんで、キヨアキも中学の入学式だし・・・(笑)
テツオ おふくろは、さんざん絞られたらしいよ。園長先生、恐かったもの〜。袴はいたおばあさんでね。
「てっちゃん、ここに座りなさい!」って。
ケンカ大将
テツオ それでも 幼稚園の時に、ケンカ大将になっちゃったの。ケンカ弱いくせに、無鉄砲だから。
それに、ポケットにいつも アシカガシ持ってたからね。

― なに? アシカガシって?
テツオ 毒へび。(ケロっとした顔で)
― ど!・・・くへび?(爆笑)
テツオ ポケットに毒へび入れてたからね、みんなから英雄だったわけよ。(笑)
― なんで ヘビ持ってるの!
テツオ だって、かわいかったもん!(子どものような言い方)
― つかまえる時は平気なの?
テツオ マムシほど毒は強くない
んだけどね、
うっかりして産卵期に手を出しちゃったんだな。
普段は青白いが、産卵期にはピンク色に変わる。
ピンクに 手を出したから 噛みつかれたんだ。
そしたら、イズミさんがすっ飛んできて、口で毒をバアアアって吸って、ぺっぺっと出してくれた。
イズミさんは、小学生の頃から、そういうことをよく知ってたんだね。
とにかく アシカガシに噛まれたらね、ヘラクチ(マムシ)ほど毒は強くないけど発熱する。
そういうことも、イズミさんはよく知ってた。
― で、平気だったの? テツオ うん。平気だったよ。
あとここに まだキズが 残ってるんだけどね、(額のキズを見せる)
これは なにかっていうと、ガマ。 ヒキガエル。
ヒキガエルのケツにね、かんしゃく玉って花火を突っ込んで、バ〜ンってやったの。
イズミさんに、ヒキガエルは 毒性が強いから気をつけろって 言われたんだよね。
言われたら、ますますこっちはやりたくなるでしょう?(笑)
― アハハハハハ ほら、また井手家はいつも、やるなって言われるとやるんだから。
テツオ で、やっちゃったら、ヒキガエルの毒が バアアアっと飛んで散らして、体中 じんましんが出た。
― いや〜。それでも懲りなかったのね。 夏木がよく テっちゃんは 蛙のお尻に、麦わら入れて、
口で空気入れて、ふくらまして、パーンって破裂させてたって、言ってたよ。
テツオ そうそうそう!(得意そうに)その要領でガマガエルもやったんだよ。(笑)

写真は 響写真館 井手伝次郎撮影 ガラス乾板
焼き付けは タケミ・アートフォトス
男の中では 一番下。昭和8年生まれの 75才。
スキンヘッド風に サングラスをかけて、 自分の メルアド ガンジーに そっくりの 風貌。
話が 面白いので、通夜や 法事でも うちの娘たちに人気だが、
フーテンのトラさんみたいな 大風呂敷だから 話は半分に聞いといた方がいいよ という
キヨアキ(4男)からの忠告あり。(笑)
― これ ガラス乾板を 焼いてもらったんですよ。桃太郎(長男)が管理していた
井手伝次郎撮影の ガラス乾板(ネガ)が1200枚ぐらい出てきたんです。
これ てっちゃんでしょう?

テツオ そうそうそう。 オレだよ。
― てっちゃん かわいいなぁ。(笑)


これは どこの家かわかる?
テツオ カキドウ・・
― なに? どういう字?
テツオ 海の牡蠣に 道で カキドウ。井手家の避暑地。 毎年 行ってた。
お手伝いさんか 誰かの 実家だったのかもしらん。


遠望の 浜


テツオ 長崎に 彦山っていう
山があって、
日見トンネルっていう
トンネルを越えると、
眼下に海がある。
遠望(トウボウ)の浜って
海水浴場。
その港が 長崎ブラブラ節の
愛八姉さんの 生まれた
網場っていう漁村なんだ。
愛八姉さんは、そこから、
長崎の 丸山に 芸伎として
売られてきたわけ。
そこを行くと遠望の浜。その岬を回ったところに牡蠣道っていう漁村があって、その先が 雲仙の 島原半島になるわけだ。

― へえ、そこにお手伝いさんの家があったの?
テツオ うん、たぶんそうだと思う。避暑地は2つあって、もう一つは、古賀村。
― 写真のこの縁側が長い家、誰の家だろう? いい家だなぁって 思ってた。
テツオ これは、牡蠣道の家じゃないかなぁ


テツオ もう、とにかく オレは、おふくろから 浦島太郎って 呼ばれてた。
― なんで?
テツオ 帰らないから。 おもしろいから。
― キャハハハハハハ
テツオ 中学の子どもがいてね、冬は スズメ獲りに 連れて行ってくれるし、
夏は夏で ウナギとか カニとか 獲ったりね。
ベクトルが 合う

テツオ 轟(とどろき)の滝。
小さな滝は、長崎市内に
滝野観音っていうのがあったんだ。
轟の滝っていうのは、 汽車に乗って行く。
ちょうど佐賀県との境にある
ユエってところで下りるんだけど、
夏木さんによく連れて行ってもらったんだ。
― へええええ
テツオ 夏木さんとボクとは、どうゆうわけか
ベクトルが合うんだよなぁ。
― キャハハハハ(高笑い) そうなの?
確かに ナツキは いつも
てっちゃんてっちゃん言ってたもん。
なんでだろうねぇ。
テツオ そうでしょう?(うれしそうに)
どうゆうわけか、子どもの時から、
なんか不思議に ベクトルが合うんだよなぁ。(笑)
― だって、夏木は優等生だったんでしょ? イズミさん(3男)は、
ナツキがあまりにも優等生だから しゃくにさわって ぶんなぐったって。
テツオ うんうん(笑い出す) とにかく イズミさんは 怖かったからねぇ。よく殴られたよ。
ぼくらは もう ポッカポッカポッカポッカ殴られっぱなし。
― キャハハハハ
テツオ おふくろには 生たまごを 投げつけるしね。ひで〜もんだったよ、イズミの暴力は。
蝶とり
テツオ ボクはね、昆虫採集につれて行ってもらうわけ。そしてここで待ってろと。
渡りの 蝶が 来るわけやね。もう今日あたり来るはずだから。
今年は おまえにチャンスを与えるからって イズミさんが言ってね。
諏訪神社の、一本杉の右側。あの あたりから 城ノ古址の方へ 向かって飛んでくるから。
今日あたり来るはずだから待ってろって。
― うん うん。(固唾を呑む)
テツオ 朝まだきね・・・朝はや〜く 起こされて連れて行かれて。
そしたら来た〜!って言うわけ。
こっちは 見えないわけね。1キロも先から飛んでくるこんな小さいのが見えるわけがない。
でも イズミさんには見えるんだな。
― アハハハハ 何の蝶?
ネモト アサギマダラとか?
テツオ いや、アサギマダラではない。アサギマダラはどこにでもいたけどね。
ネモト タテハ系ですか?
テツオ タテハ系か ヒョウモンチョウ系だね。
ヒョウモン系の一種でね、めったに お目に かかれない 蝶だったらしい。
「来た〜!」 って泉さんが叫んだ時にはもう遅いよ。
パアアアって、わきを 通り過ぎていくわけ。1匹だけだもん。
― え? 一匹だけ?
テツオ そう。それを逃がしたもんだから、もう殴られる、殴られる。

また あと一年 チャンスを待たなければいけないじゃないか!」って。
― キャハハハハハ それなら
弟にやらせなきゃよかったじゃない。
テツオ そうだよなぁ。
わんわんわんわん 泣きながら 後をついて行くんだからね。
― 何才ぐらいの話?
テツオ うーん、まあ 幼稚園の頃やね。
― 幼稚園の頃? 幼稚園の頃じゃ 捕れるわけ ないよねぇ。
イズミさん!(笑)
豪傑ぞろい

― イズミさんと テッちゃんは 何才離れてるの?
テツオ イズミさんが4年生の時に、オレが1年生かな。
イズミさんのクラスにはね、もういろ〜んなサムライがたくさんおったのよ。
去年 亡くなったNHKの 吉田直哉さん・・・
― うんうん、NHKのディレクターの吉田直哉さんね。泉さんが 同級生だって言ってた。
桃太郎の 法事の時に その話を 初めて聞いて、そしたら その夜の ニュースで
吉田直哉さんが 亡くなったと 流れてびっくりした。 去年の10月ね。
テツオ そうそう 吉田直哉。あの人にも ずいぶんいじめられたよ〜。まあ、よくいじめられた。
いじめられたっっていうのは、かわいがられたっつうことなんだけどね。(笑)
亡くなる直前にね、文章書いてもらったんだよ。
― へええ。
テツオ オレが 同窓会の幹事だったから。オレはね、
長崎大学付属小学校の 最後の 幹事なんだよ。
なんでかっていうと、おれらの代の後は、原爆で 学校そのものが なくなっちゃったから。
― はああ そうか。
テツオ だから オレが 最後の幹事なんだ。
夏木さんにも、オレが 幹事だから 必ず来いよって 言ったら来たけどね。
その文集に、級友朝野雅彦君の紹介により 吉田先輩に 一筆書いてくれって 頼んだら、
書いてくれた。
「原稿料は払えんばい」って言ったら、
「わかってるばい。そげんことは気にせんでよか」って言ってた。(笑)
― アハハハハハ
テツオ その文章が、いい文章でねぇ。「ヒットラーは号泣した」って文章だけどね。
その中に出てくる「時計をバラした男」っていうのが、
アカガッシャンっていう あだ名の男が 出てくるんだけどね。
なんで アカガッシャンって 言うかというと、赤ら顔でね、いつもいじめられっ子でね。
そいつが模型飛行機の大会があるんだけど、そいつの飛行機は飛んだためしがないんだ。
いつも 失速して 落ちてしまう。
なんで落ちるのかって思ったらね、その理由がわかった。
あのね、上昇率の極限値 流体力学だけどね。
上昇率が よければよいほど失速して落ちるわけ。
その極限値を求めて、微分計算やってたわけ。小学生のくせにだよ。
― へええ。
テツオ そいつは、原爆で死んだけどね。先生に聞いたら、「ああ、あれは天才だった」って言ってた。
すごいヤツがいたんだよねぇ。
― その人も泉さんの同級生?
テツオ うん、そう。それが吉田直哉の文章に出てくる時計をバラした犯人だけどね。
イズミさんとか 吉田直哉とかが、寄ってたかって時計をバラしてね。
早期教育

― てっちゃんは、何年生まれですか?
テツオ 昭和8年。
― じゃあ、キヨアキの2コ下。だから泉さんの3コ下だね。
じゃあ、蝶々捕りに行ったのは、小学生になってからじゃない? 幼稚園じゃムリでしょう?
テツオ そうかもしらん。どうも勘定合わないんだよね。(笑)
旧制中学の受験に失敗して 浪人したんだよ。
― なんで、夏木とベクトルが合ったんだろうね。
テツオ (うれしそうに)なんか合ったねぇ。いっつも2人でいたよ。
― え? 2人でいたの?
テツオ いっつも2人でいた。だから、赤ん坊の時から、夏木に英語をしこまれたんだ。
― へええ そうなの。
テツオ よく覚えてるのはね、こういう手回しの 蓄音機で、オペレッタの レコードが あったんだよ。
「チャメコの一日」っていう・・・
― 知ってる〜!!!!(叫ぶ)
夜が明けた〜夜が明けた〜(歌う)
もう 夜が明けた〜もう夜があけた〜 あけたあけた 夜が明けた〜♪
ってやつでしょう? 納豆買うんだよね
テツオ (急に ボーイソプラノで歌い出す) 明けた 明けた 早起きだ〜♪
(レコードの)表面も裏面も 全部歌えるよ。(笑)でも なんで チコ(私)が知ってるの?
― だって、夏木が毎晩 私たち子どもを寝かせる時に 歌ってたんだもん。(笑)
アハハハハハ この歌のこと、前から 誰かに聞きたかったんだよ! 初めてだ!
いや〜 今日はなんて 収穫だ!!(昂奮する)
テツオ この歌を大好きな人がいてね、誰かって言うと、黒柳徹子。この歌を聴いて育ったんだって。
ボクも夏木さんに毎日聞かされて、この歌で育ったんだ。いまだに全部歌えるよ。
子どもの時の記憶力ってすごいね!
― 誰の歌なの? 黒柳徹子も持ってたってことは、全国的に 発売されてたってことだよね。
テツオ そうでしょうねぇ。で 裏面に 学校で授業があるんだよね。
― うんうん。
テツオ 一本3銭のえんびつ〜♪(急にまたきれいな ソブラノになる)
3本買ったら いくらに なりますか〜 サザンが9ですから、みんなで9銭に
なります〜♪
― ヒーヒー(笑い過ぎて 声が出ない)
テツオ それが、おれはまだ幼稚園だからさ、うまく発音できないわけ。
一本3銭のえんぴつ っていうのを、「いっぽんしゃんしゃえんののんぴゅつを」って言ったわけ。
そうしたら 夏木が「一本さんせんの! えんぴつ!」って
夏木に特訓受けたわけ。(笑)
― ヒーヒー おかしすぎる。 あとさ、歌の中に いざりが出てくるんだよね。
(いざりとは足が悪くて這って歩く人)
テツオ うん、そう。
いざりは たいそう よろこんで〜♪ (またきれいな声で歌い出す)
― そうそうそう!(爆笑)
テツオ その、釜を 頭に かぶって 〜♪
― なんで いざりが出てくるのか ちっともわからなかったけど。アハハハハハ
テツオ せんぶ覚えてるよ、ぼく。
― アハハハハ 長年の 謎が 解けた。 この歌知ってる人に初めて会った。なんか
納豆売りに来るんだよね。
テツオ なっとなっと〜 ナットウ〜味噌マメ〜 ♪ と やってくる。
どうして チコが 知ってるの?
― だからぁ、(笑い過ぎてしゃべれず) 夏木がいつも 歌ってくれたんだってば。
テツオ そうか。 それで、最後におれが 泣き出すわけ。発音できないから。
そうすると夏木が、「ほれ!」って背中出すでしょう? その背中にのかって、表に散歩に出るわけ。
そうすると夏木が 子守歌歌ってくれるの。 (また気取ったソプラノで)
Won't you tell me, Mollie darling〜
賛美歌なんだよね、冬の星座とか きよしこの夜 Silent night とか。
それでぇ、からだが もう 英語を聞いとるのよね。それで 夏木に英語を仕込まれた。
― はあ。じゃあ前に、夏木の背中から 英語を覚えたって言ってたのは、そういう意味なんだ。
おんぶされてたってことね。
テツオ そう! そういうこと。
― だから 今 英語を 教えてるんだ。
テツオ そう! だからぁ、英語は、小学校からじゃ 遅いわけ。
― アッハハハハハ 。 早期教育ね。
テツオ だって 国際語だもの! 日本語と一緒に教えていかなきゃ、もう遅いよ!
今、おれ 英語教えに行ってるでしょう? 最初にABCDも読めない時から、
ギター弾きながら、♪ABCDEFG〜♪ って 歌えば、一発で覚えちゃうもん、
子どもは。
― 子どもに教えてるの?
テツオ そうだよ。夏休みには、学習センターに子どもたちたっくさん来るんだ。
あ、子どもの相手なら 井手さんや ってことになるわけやね。(笑)
― アハハハハ
テツオ で、ギター持って行ってやるわけ。じゃんけん遊びをやったりとかさ。
言うこときかない子は、ちょっと来 いと言ってボカっと殴るわけ。
でもひっぱたかれた子はさ、わんわん痛いよ〜って泣くけども、
もう5分もすると、おれのベルト引っ張って遊んでいるもんね。
子どもっていうのは、虐待とスキンシップとの違いをさ、身体で感じ取ってくれるんだよね。
そういう子に限って、ひっぱたいた子が 一番なついてるね。授業終わる頃には。
女テツオ
― 夏木とは5才ちがいだね。
テツオ そうかもしらんね。で、よく轟きの滝ってところに、汽車に乗って連れて行ってもらった。

― へえ? いくつぐらいの時?
テツオ 小学生の頃やね。夏木の仲間いるでしょ?
3人娘。 マッチゲとか。名前忘れた。
(タエ子さん)
― マッチゲ 亡くなったんだよ、去年。
テツオ マッチゲ死んじゃったの?!
よく可愛がってもらったんだよ、
テッちゃんテッちゃんって。
オレは、夏木のそばにくっついて離れないから、
遊びに行くのに、くっついて行ったな。
― じゃあ、泉とかキョアキと遊ぶより、夏木と遊んでたってこと?
テツオ いやいや、おれは誰とでも遊んでたけど、夏木さんは変わってるからさぁ、
だから みんなから敬遠されてたんだよ。
― キャハハハハハ 誰から? 女の子から?(爆笑)
テツオ いや、女の子からも 男からも敬遠されてた。
― アハハハハ じゃあ てっちゃんが 救ってやったんだ。(笑)
テツオ まあ そうかな。桃太郎さんは、兄妹全員にあだなをつけてたんだけど、
夏木のことを「女テツオ」と呼んでた。仲良かったからね、おれら。(笑)
― キャハハハ だから夏木は、自分の息子に 徹って、名前つけたんだよ。(私の弟は 徹)
ネモト そうだったのか。(笑)
テツオ おまえの名前もらうぞって 言ってたもん。
― てっちゃん、てっちゃん言ってたもん。
テツオ たまに電話すると、びっくりしてたもんね。 「今度は 何やらかしたの?」って。
何か困ったことあったら夏木さんに電話してたからね。
― 夏木は泉さんから見ると優等生だったのに、テツオから見るとハズレてたって 不思議だね。
ミヤおばちゃんは、兄さんたちに育てられたって言ってたよ。
テツオ うん、悪いことは全部教えた。(笑)でもミユキちゃんの方が、ちょこちょこついてきたなぁ。
響写真館の お弟子さん
― てっちゃんが何年生の時に、太良に引っ越したの?
テツオ 小学校6年生の時。
― だったら、けっこう覚えてるよね。響写真館がいい時のことも覚えてる?
テツオ かすかに覚えてる。
― クリスマスの写真がたくさんあるんだけど、覚えてますか?
テツオ そうそうそうそう。(にやける)覚えてるよ。おれ、あの 天花粉、フラッシュが怖くて泣いたもん。
― アハハハ なんかみんなへんな 変装してるよ。

テツオ そうそう、仮装行列ね。(笑)
― なに? あれ?(笑)
テツオ 仮装。クリスマスの仮装行列。(笑)
― 誰が させてるの?
テツオ 誰がやらせたのかなぁ〜? 店の人じゃないか? 大久保。大久保月光っていう
お弟子さんがいたんだよ。
彼が 夏木さんとも仲良くてね。夏木さんが大久保スタジオでの撮った写真も持ってるよ。
― 今 長崎で月光スタジオってやってらっしゃるよね。去年、ムツコさんと挨拶して来た。
テツオ 泉さんも、最初大久保スタジオに弟子入りしたんだよね。

― 山崎さんって 知ってる?
山崎喬(たかし)さん。
テツオ うん、知ってるよ。
― 今度、その山崎さんの 娘さんと
初めて お会するの。
長崎新聞社の記者が、
響写真館の お弟子さんだった山崎さんの娘で
グラフィックデザイナーの山崎加代子さんを
私と 繋げてくださったの。
テツオ へえええええ。いや、顔と名前が
一致するわけじゃないんだけどね。(笑)
おれが一番覚えてるのは、イガグリさん。
細谷印刷っていうのがあって。伝次郎が作った
長崎・雲仙っていうアルバムを印刷をした人。
その印刷会社の社長が、伝次郎に弟子入りして来たわけ。
これからの印刷は 写真なしでは考えられないって。 だから伝次郎さんも気に入って。
こいつは見込みのあるやつだって。 その細谷さんが、イガグリ頭だったんだよね。
この人がおれのこと可愛がってくれたんだ。
「テッチャン」って、頬ずりしてくるんだけど、これが痛いんだ、ヒゲの 跡がすれて。(笑)
― 黒田さんって人もいた?
テツオ うん、いたね。
― すごいいっぱいお弟子さんがいたよね。
テツオ うん、いたね。けっこういたね。
― 楽しかったね、子どもは。お弟子さんたちは住み込み? 通い?
テツオ 住み込みもいたよ。5、6人は住み込み いたね。
おとがめなし
― お手伝いさんも住み込み?
テツオ そうそうそう、住み込み。で 小学校の頃はさ、家に帰ってくるのが、もう夜遅くだからさ。
もう、家帰っても、面白くないからさ、どうせ食うもんもないし。
戦時中だから。家帰っても食うもんないから。
テツオ だから、長崎の 段々畑に行って、盗んで食ってたわけ。
― アハハハハ
テツオ で 遊び回って、帰ってくると、もう夜暗いでしょう?
怒られるのが 怖いから、そ〜っと女中部屋にしのび込むわけ。
そうすると、女中さんがさ、ご飯に牛乳かけてくれるわけよ。
おふくろにバレんようにそおっと食わしてくれて。
おふくろも知ってたんだろうけど、知らんふりしててくれたんだろうね。
毎晩そんなだったから。
― アッハッハッハ ミヤちゃんは、怒られて 外の柱に 縛られたって言ってたよ。
テツオ そうそうそうそう!(思い出して声が大きくなる)
あれはね、ナカノミチオっていうのがいてね、もう死んだけどね。そいつの家によく遊びに行ったんだよ。
お父さんが高級官僚でね、大きな庭を持った大きな家だったけど、その息子が どうしようもないワルでね。
だからおれと ベクトルが合ったんだろうねぇ。
― アハハハハハ
テツオ それで遊びに行って、防空壕の中で、妹たちもいるわけ。ミヤちゃん、ミユキちゃん、そいつとオレ。
ワルがき6人で、わんさわんさと遊んで、面白いから夜遅く、暗くなってから帰るわけ。
― その時、怒られて縛られたのね。
テツオ オレは縛られない。
― え? なんで?

テツオ おれは、縛られない。おれはもっと残酷な罰。
― 何?
テツオ おとがめなし。
― お咎めナシ?
テツオ そう! それで ミヤちゃんやミユキちゃんを 外の柱に縛りつけて、
せっかんするのを見せるわけよ。 梅子さん(母親)っていうのは、
そういう残酷なことをする人だったねぇ。今っでも忘れない!
― はあ。
テツオ オレが犯人なのにだよ! オレが犯人なのに、部下を縛りつけてせっかんする。
それをオレに見せつけるわけよ。 キツイおふくろだったよ〜。
― アハハハハ
テツオ ミヤちゃんは、しくしく泣いてたけどね、ミユキちゃんは、気が強いから、
「かあさまのバカやろう〜!」って、近所中に聞こえるような大声で怒鳴るんだよね。
「かあさまのばか〜!」って」おふくろは、恥ずかしいからミユキを中に入れる。
― アハハハハ それで中に入れたのか。全然ちがうなぁ。ミヤちゃんの記憶と。(わ笑)
ミヤちゃんは、ミユキだけが許されて、家に入れてもらえて、自分だけが外に縛られたまま残されたって言ってたよ。
テツオ それは ミユキが怒鳴るからよ。かあさまのバカ〜!って。
近所中うるさいからねぇ、かっこ悪いから中に入れたわけよ。
― 兄妹の記憶って だいぶ話がちがうなぁ。(笑)
逃げるが勝ち
― そういう時、イズミさんとかはどうするの?
テツオ しらんぷりしてたよ。 男でね、割とよく面倒をみてくれたのは、コウゾウさん。
コウゾウさんはね、中学校の頃、よく山へ連れて行ってくれたね。リュック背負ってね。
― それはイズミさんも言ってた。
テツオ キヨさん(すぐ上の清明)は、優しかったね。ほんと、子どもの時から優しかった。
ケンカするでしょ? ケンカするといつも、泣くのはキヨさんや。
なんでかって言うと、「お兄ちゃんだから辛抱しなさい」って言われるわけよ。
さんざん殴りあったあげく、お兄ちゃんだから辛抱しなさいって言われたら、つらいよな。

― じゃあ、てっちゃんが 一番 甘い汁じゃない?(笑)
でもキヨさんは、テっちゃんは、悪そうだけど、根が優しいって言ってたよ。意気地ないって。(笑)
テツオ まあ、ハッタリばっかりだからね。
― アハハハハ
テツオ そう! 逃げるが勝ち!もう、 ヤバイっ!と思ったらね、逃げるのだけは、早いんだよ。(いたずらっこみたいに得意そうに)
ヤバイっ! と思ったら、もう、そこらへんにはいないんだ。
― アハハハハハ いないの?
テツオ いないよっ!(うれしそうに)
― コウゾウさんも言ってた! テツは 逃げるが勝ちやったなぁ〜って。(笑)
宮城礼拝で
テツオ 小学校の時にね、朝礼の時に黙祷させるわけよ。宮城礼拝!って言ってね。
その時、おれは消灯ラッパをやらかしたわけ。
― え??
テツオ 学校生徒が 全員頭を下げて、黙祷してる時にね、
♪ ショウネンヘイハ カワイソーダネー♪ マタネテナクンダロー♪
これは、まだいいんだよ。 続きがあるんだ。(得意そうに)
♪ レンタイチョウノ チンチンミタカ〜♪ ミタミタ ヒゲダラケ♪
こ〜れ、やるもんだから・・・
― やるってどういうこと? テッチャンが 歌ったの?
テツオ そうそうそうそう。(得意そうに)朝礼の時にね、全生徒が頭下げて、
みんなシ〜ンとして 宮城礼拝してる時に・・・
― どういう兄弟だよ!(笑) キヨアキも 長中(長崎中学)の入学式で、
テンオウヘイカノ〜って みんながシーンとしてる時に、 笑っちゃったんだってよ。
テツオ おれがそれを歌うもんだから、カワサキ先生っていう担任の先生が
「イデ〜!」って叫んで 追いかけてきた。
もう学校中走り回るわけ。 全校生徒が笑うわけ。
こっちは走るは、 走るは、 学校中走り回ったね。
だから!(強調する)逃げるのだけは、得意なんだよ。
幼稚園の入園式で
― アッッハハハハ(爆笑)桜ヶ丘幼稚園の入園式の日にも、
壁じゅうにいたづら書きしたって、誰か言ってたよ。
テツオ それはね、(おごそかな語り口調で)パっと見たら、新年度だから、
幼稚園の壁が だ〜って塗り替えてたわけ〜・・・・
そこへ、入園したばかりでクレヨンを配布されたからさ、タダじゃあ、すまねぇよ。(歌舞伎調で)
― アハハハハハハ(爆笑)
テツオ もう 壁いっっっっっぱいに、ギンヤンマのメスを描いたわけ。
― ギンヤンマのメス?(爆笑)
テツオ うん、メス。メスの方が好きだったの。(うれしそう)
やはり 栴檀は双葉よりかんばしって、ね。
オスとメスと違うわけ、 形も色もね。
あのオスはね、ブルーなんですよ。メスはね、オリーブグリーンなんですよ。
オリーブグリーンなんて しゃれた色の クレヨンないからね、
まあ茶色で かくわけさ。壁いっっぱいにね。
― そんなに大きく?(笑)
テツオ もう、うずうずして、描きたかったんだねぇ。そしたら、さっそく おふくろが幼稚園に呼び出された。
幼稚園で父兄が呼び出されたっていうのも・・・
― しかも 入園式の日に(笑) なんで、キヨアキも中学の入学式だし・・・(笑)
テツオ おふくろは、さんざん絞られたらしいよ。園長先生、恐かったもの〜。袴はいたおばあさんでね。
「てっちゃん、ここに座りなさい!」って。
ケンカ大将
テツオ それでも 幼稚園の時に、ケンカ大将になっちゃったの。ケンカ弱いくせに、無鉄砲だから。
それに、ポケットにいつも アシカガシ持ってたからね。

― なに? アシカガシって?
テツオ 毒へび。(ケロっとした顔で)
― ど!・・・くへび?(爆笑)
テツオ ポケットに毒へび入れてたからね、みんなから英雄だったわけよ。(笑)
― なんで ヘビ持ってるの!
テツオ だって、かわいかったもん!(子どものような言い方)
― つかまえる時は平気なの?
テツオ マムシほど毒は強くない
んだけどね、
うっかりして産卵期に手を出しちゃったんだな。
普段は青白いが、産卵期にはピンク色に変わる。
ピンクに 手を出したから 噛みつかれたんだ。
そしたら、イズミさんがすっ飛んできて、口で毒をバアアアって吸って、ぺっぺっと出してくれた。
イズミさんは、小学生の頃から、そういうことをよく知ってたんだね。
とにかく アシカガシに噛まれたらね、ヘラクチ(マムシ)ほど毒は強くないけど発熱する。
そういうことも、イズミさんはよく知ってた。
― で、平気だったの? テツオ うん。平気だったよ。
あとここに まだキズが 残ってるんだけどね、(額のキズを見せる)
これは なにかっていうと、ガマ。 ヒキガエル。
ヒキガエルのケツにね、かんしゃく玉って花火を突っ込んで、バ〜ンってやったの。
イズミさんに、ヒキガエルは 毒性が強いから気をつけろって 言われたんだよね。
言われたら、ますますこっちはやりたくなるでしょう?(笑)
― アハハハハハ ほら、また井手家はいつも、やるなって言われるとやるんだから。
テツオ で、やっちゃったら、ヒキガエルの毒が バアアアっと飛んで散らして、体中 じんましんが出た。
― いや〜。それでも懲りなかったのね。 夏木がよく テっちゃんは 蛙のお尻に、麦わら入れて、
口で空気入れて、ふくらまして、パーンって破裂させてたって、言ってたよ。
テツオ そうそうそう!(得意そうに)その要領でガマガエルもやったんだよ。(笑)

写真は 響写真館 井手伝次郎撮影 ガラス乾板
焼き付けは タケミ・アートフォトス
