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長崎8人兄妹物語  ミヤ その2

響写真館

(きれいに 整理された アルバムを 見せてくれる)
―   響写真館ってどうなってるの?
ミヤ  私は今でも図面 書けるくらいに 覚えてるよ。
―   じゃあ 書いて。
ミヤ  今 急に書いてって言われても 書けないけど ゆっくり思い出せば書ける。(笑)


―  わぁ、響 って ちゃんと 家の上に ロゴが 書いてあるんだぁ。(写真左 屋根の下に 響の文字)
ミヤ  うん そう。
―  これが 門でしょ? 門の階段を 登って行って・・・
ミヤ これこれ。(写真右)これが バルコニーから見た正門で、
   バラのアーチをくぐって こう入ってきて、玄関へ 来るわけ。
   天井にヤモリがいたのよねぇ。
―  外から見ると そんなに 洋館風じゃないね。
ミヤ  屋根がスレートなのね。絶対登っちゃいかんって言われてたんだけど、いつも登ってた。(笑)
これが 1階の受付。


―  わあ 受付の写真なんて 初めて見た! おばちゃん けっこう写真持ってるね。


ミヤ  受付の横に階段があって それを上がると 2階のホールになってる。 2階にスタジオがあったの。
    2階の待合室には カウチ風のイスがあって、ここを開けると バルコニーに出られる。
    ここが お客さん用の 化粧室。 とってもきれいな いい部屋だったのよ。
    で ここに ピアノが 置いてあったんだよね。
―  へええええ  これ 全部 伝次郎が設計したんでしょ? 
ミヤ  そうそう。 これが おやじの書斎で こっちの方に 蓄音機が置いてあって
すごくモダンになってた。


ミヤ   外の ぶどう棚の下に お風呂みたいな コンクリの水槽があって そこで
いつも ガラス乾板を流してた。
―  へええええ じゃあ ガラス乾板は 外で洗ってたってこと?
ミヤ  うん。 ここからこっちが 築山になってて そこでよく遊んでた。


こっちは 和室で 両親の寝室兼 和室。
    こっちが離れで ぶどう棚には よくぶどうが実った。
―  離れは つながってたの? 離れに おばあちゃんがいたの?
ミヤ  離れは無人だった。 こっちは離れの縁側ではないね。
     ここに目竹を編んだすだれがかかっててね、そこに目をつけて見ると、
    下に10銭玉がいくつか落ちてるわけ。
    キヨさんも 言ってたけど、うちは絶対おこづかいを くれない家だったから!(語気が強くなる)
    すだれを ひゅーっと上げて、10銭玉を拾って、駄菓子屋に行って ニッキを買って食べてたの。
    そしたら ニッキの匂いが プンプンしちゃったの。(笑)
―   ハハハハハハ バレちゃった?
ミヤ   バレちゃったの。梅子さんが 「どうしたの?!何食べてるの? 見せなさ い!」って。
    でも 縁側の下から10銭玉拾って買いに行ったとは言えないから、
    友だちにもらったって言ったの。(子どものように笑う)

―  キャハハハハ あ〜可笑しい。知恵が働いたね。 
   わぁ 梅子さん、きれいだねぇ。
ミヤ  うん こういうファッションのために ヴォーグを取ってたんでしょうね。
    母がチラっと言った
「そんなに 絵が好きなら デザイナーになればいい」という一言が、
    子どもながら 私の心の どこかに 残っていたんだわねぇ。


      静かなる 問題児

ミヤ  私は学問もないし、学歴もない。 でもデザイナーなら できるだろうと思った。
―   ほんとに オンワードのデザイナーになったもんね。
    でもおばちゃん、別に勉強が不得意だったわけじゃないでしょう?
ミヤ  いや 不得意だよ。おばちゃんはね、 歴史 国語 社会 美術 音楽は全然勉強しなくても
    学年で1番か2番取ってたの。だけど理数は ぜんぜん!(すごいアクセント)呆れるほど できなかった。
―  アハハハ 私と同じだ!  でもそれはしょうがないじゃない?
ミヤ  でも 先生方の間でも なんでこっちがこんなにできるのに こっちが全然ダメなんだ?
    って 問題に なってたらしい。 劣等生だよ、完全に。LDってあるじゃない?
―  学習障害?(笑)
ミヤ  うん あれみたいに 思考が完全に止まっちゃうの。
―  おんなじ! 私とおんなじだ!(笑)
ミヤ  それでねぇ。私はほとほと算数とか数学がイヤで、中学1年生の時だったか、
    どうして 数学やらなきゃいけないの?って 伝次郎さんに聞いたことあるの。
    そしたら 伝次郎さんが、「物事を論理的に考える力を養うため」って言ったの。
    それで、私は「ああ、なんだ、そうか。だったら 私できるわ」って思っちゃったの。
    だって 4、5才ぐらいから あらゆる本を読みまくって、もうだいたい6年生までには、
    文学全集も思想全集も全部読んじゃったから。
―  ほほう・・・
ミヤ  その時 伝次郎さんが そういう 抽象的な 言い方ではなくて・・・
   「いや、数学や算数が 最低でもこのぐらいできないと、実際 世の中に出てから     いろんなことで不利になるし、困るんだよ。」って教えてくれればね、
    少しは勉強したかもしれない。
―  アハハハッハ 親のせいにしてる。(笑)そこで 止まっちゃったのね。フリーズだ。
ミヤ  でも、「いろんなことを 論理的に 考える力を養うため」って言ったのよ!
    なんだ、それならできるわって思っちゃったわけよ。(笑) それが失敗のも と。
     理数系は 劣等生。文化系は 優等生。 静かなる 問題児。 
     受け持ちたくないって 先生がいっぱいいたらしい。(笑)
     その中でも 図書の係にしてくれた先生もいるし、科学の先生は、
     「どうもミヤさんは 協調性がない。常に一人で本を読んでいる。
      あれでは、社会に出てから困るのではないだろうか」って心配して 親に言ったらしいんだけど。
      そしたら、梅子さんが「いやぁ、本人が社会に出て、そういう問題に 突き当たれば
      解決法を考えるでしょう」って言ったらしい。(笑)

      家庭教師

―  アハハハハ どうも 親が・・・(笑)あれだけお手伝いさんがいて、家庭教師    はいなかったの?
ミヤ  ああ、それは来てたよ。キヨちゃんにだったかテッちゃんにだったか。
    空襲がひどくなる前までは 来てた。
    その先生 八木先生っていうの。
 あの野口さんの家の庭で、みんなでお昼食べてる写真があったでしょう? 
    あそこで、アインって手を首の下にやってるのは、イズミさんではなくて、テっちゃんだった、
    私の記憶では。

―  ああ、そう。
ミヤ  あれは、「ヤギ メエエエエ」ってポーズで、いつもてっちゃんは八木先生が来てると、
    「ヤギ メエエエエエ」ってあのポーズをして笑いをかっさらってた。
    そうすると梅子さんが(ひそひそ声で)
    「しずかにしなさい! 今八木先生にお勉強習ってるから、シィィィィ!」って叱った。
     テっちゃんは、習ってなかったんだね。

       濃厚な 蜂蜜のような 幸福な時代

―  なるほどね。おばちゃんは昭和11年に生まれて、その頃が 響写真館の 全盛期かしらね?
ミヤ  ああ 生まれた頃は全盛期でしょうね。 私の記憶の中でもたしかに・・・・・
    あなたにとって一番幸福な時代はいつでしたか? って聞かれたら、
    たいていの人は 青春時代って 答えるよね。または学生時代とか。 恋もあるし。
―  そう?
ミヤ  でも 私の場合は、生まれてから人生の一番最初に、一番幸福な時代が 来ちゃった。
   
―  ほう。何年くらい?
ミヤ  5、6年だね。 蚕(かいこ)が 繭(まゆ)の中で、
   温かく まどろんでいるような、
   色で言えば 濃厚なオリーブ色のような、蜂蜜のような・・・
―  じゃあ、妹の 深雪が生まれるまでだね。(笑)
ミヤ  ほんとに幸せだった。 なんでもあったし、 みんなやってくれたし。
    繭玉の中で まどろむような 濃厚な 蜂蜜のような 幸福な時代だった。




―  写真館の人たちを含めて、いろんな行事があった。
    (写真館のお弟子さんやお手伝いさんとのピクニック)
    みんな大事にしてくれたし。 楽しくって楽しくって・・・
    長崎という 町自体も 好きだったし、一番幸せだったわねぇ。
―  お弟子さんもお手伝いさんもたくさんいたし、写真館が繁盛してたってことです よね。
   昭和15年くらいまでかな?



       

      写真館を 閉める

ミヤ  そうね。 それで だんだん 統制がきつくなって・・・
    大波止から、ランチ(舟)に乗っていくのよね。一度ついて行ったことがあるんだけど、
―  伝次郎に?
ミヤ  うん。それで、写真の裏に これくらいの 検閲済みっていう判を バン! バン!って 一枚一枚 押していくわけ。それを全部 もらって帰ってくる。
―   全部 検閲されるんだ。
ミヤ  全部! それで 伝次郎が イヤになっちゃったんじゃない? ふつうの写真なのに。
    ふつうのスタジオ写真にもかかわらず。それも 嫌気がさした一つの原因かもしれない。
    私はランチに乗る時に、足と波止場の間が開いちゃって、もう怖くて怖くて、
そのことばっかり覚えてるけど(笑)
ちえ  だんだん写真の 必要物資の 配給も なくなっちゃったって 言ってたけど?
    兵隊の写真を 撮ることを拒否したから。仕事がだんだんとなくなって、閑散としてきた?
    それ 覚えてる?
ミヤ  うん。もう 写真館を 閉めちゃった。
―  え? じゃあ 太良に 疎開する前に 写真館は 閉めちゃったの? (初耳で びっくり)
ミヤ  うん。とっくに閉めちゃったよ。
―  いつごろ? じゃあ 昭和20年よりも 前に 閉めちゃったの?
ミヤ  うううん・・ 私がもう・・・昭和18年頃には閉めちゃったんじゃないかな?
―  え? じゃあ 何してたの?!

      木炭事務所

ミヤ  何も・・・してないよ。 木炭事務所に 貸してただけ。
―  え? 何もしてないの? 事務所に貸してたの?
ミヤ  ううん・・・空襲ひどくなってからだから、昭和20年になってからかな。
    20年の頃は・・大橋木炭事務所っていうのに、貸してたの。
―  へえええ(まったく知らなかった)
ミヤ  それをなぜ覚えてるかっていうと、そこの社長さんが、いつもこういうふうに 足を組んで座ってね、
    電話で「もっしも〜し、もっしも〜し♪ 木炭事務所の 大橋で〜す♪」って、言うのよ。(笑)
    私、子どもだからさ、それをいつも真似してたの。(笑)
    「なんで、もしもしじゃなくて もっしも〜しって言うのかねって言ったりさ
―  アハハハハハ(爆笑) そもそも 木炭事務所って何?
ミヤ  もうガソリンがなくなっちゃったからさ、車も木炭で走ってたわけ。
―  えええ? じゃあ 煙もくもく SLみたいじゃない?(笑)
ミヤ  そう。だからその時代の要求として、木炭事務所なるものが成立したわけよ。
    ガソリンスタンドの代わりに、途中途中で 木炭を 補給しなきゃだから。
―  アハハハハハハハ(高笑い)それでアメリカに勝てるわけがない・・・
ミヤ  子どもの頃はね、Shellとか ペガサスとかの ガソリンスタンドがあってね。
    壁面にペガサスの 見事な絵が ばああって 描いてあるわけよ。
    私は、桃太郎兄さんに読んでもらって、5、6才だったけど、ギリシア神話全部知ってたから、
    もう その絵を見て「わ ペガサスだ!」って思って、ガソリンスタンドの前を通るたびに、
    「わ、これ、かっこいいなあ〜!」って見てたの。
     それが木炭自動車になって、ガソリンスタンドは・・・
―  どうなったの? 建物がそのままあるだけ?
ミヤ  そう。 ガソリンを 売らなくなってしまったの。
    そして、毎晩のように 空襲が 始まった。
                       (つづく 写真はすべて 井手伝次郎 ガラス乾板写真)


| 長崎8人兄妹物語 | 09:40 | comments(4) | trackbacks(1) |
Comment
ごぶさたしています!
またまた元気を頂きました。
ミヤさんのお話・・・わたしも元気で生きていこう、と思ったりします。響写真館の世界に入っていきたくなります。
2009/04/19 10:04 AM, from ゆり
わぉ、ゆりさん、おひさしぶりです!お義母様の、ハセコさんはお元気でしょうか? このところ、長崎新聞社の記者の方が繋いでくださって、写真館の一番弟子さんがお父様だった方とか、深雪おばの仲良しとかに巡り逢えて(ゆりさん同様、まだ実際には会ってませんが)、不思議な長崎潮流を感じています。春の高校野球は、長崎清峰が初優勝したし! 遠藤周作じゃないけれど、私にとっても 第2の故郷になりつつある。(笑)祖父の写真があるおかげで、なんだか見て来たような気になるしね。
2009/04/19 8:52 PM, from かんからかん
おー、すばらしい写真館ですね。
こういうところに住んでみたいです。
それに写真のモノクロの質感がとても良いです。
ところですごいアクセス数ですね。
どうしたらこんなに閲覧者を増やせるのでしょうか??
2009/04/23 1:38 AM, from tig3ti
わお、初コメントですね!見てくださってありがとうございます!カメラに目覚めたピアニストくん。ピアニストくんのシュールなお宅にはかないませんよ。
(笑)tig3tiくんのブログにも書きましたが、長崎、神戸、横浜、函館は、やはり開港都市、文化の入り口で、写真技術もジャズも早くから入ってるようです。アクセスの仕組みはよくわからないのですが、たぶん多ジャンルで人の紹介をたくさんしてるからかな?
2009/04/23 8:33 PM, from かんからかん









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