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長崎8兄妹物語 コウゾウ イズミ キヨアキ 3兄妹対決  その2

  父 伝次郎との 関係

チエ   伝次郎とコウゾウさんは 気が合って親しかったんですか?
コウゾウ 親しくない。 僕はもう、3歩下がって師の影を踏まずって感じで黙ってた。
チエ   アハハ 黙ってたんだ。
コウゾウ ずるいのよ。(笑)
チエ   モモタロウは? 
コウゾウ モモタロウはもっと利口だ。
チエ   素直?
コウゾウ いやいやいや 上手なんだ。 伝次郎の扱い方が上手だった。
イズミ  モモタロウはちゃんと観察してるからね。 兄妹8人いたんですけれども、
     オヤジに口答えして ケンカになったのは、僕だけです。
チエ   アハハハハハ
(そういえば イズミさん 小さい時から 一人だけ↓ ヘンな顔して 写真に写ってるよ。笑)




イズミ  テツオみたいに、あんなハズレたようなヤツでも
     割合 おとなしかった。→ 
チエ   ああ、そうなんだ? 父親に対しては
     そんなに反抗しなかったんだ。
イズミ  反抗はさせないですね。親父はうむを言わせずだから。
     テツオは肝っ玉小さいとこがある。
チエ  テッチャンは意外に 肝っ玉小さい、優しいって
       キヨちゃんが言ってた。
    ワンパクだけど、そんなにゴウケツじゃないって。 
イズミ   優しいから、一回怒られると ちじこまっちゃう。
チエ    キャハハハハ 逃げるが勝ちなんだ。
イズミ   逃げるが勝ちです。
コウゾウ  逃げるが勝ちやなぁ。

             
イズミ  話が飛びますが、キヨさんの話で、細かい点で、訂正いただきたいところがあります。
チエ  アハハハハ はい。どこが違ってますか?
イズミ  僕がモテたということは、あいつ(キヨアキ)にはそう見えたかもしらんが、
     そんなことはありません。
チエ   モテるって、 男仲間からですよ。
イズミ  はい。 僕はマンガを書くのがちょっとうまかったので、それで いじめられなかっただけです。
手塚治虫なんかも そういうことがあったんですよ。
     それから、教師の モノマネが うまかったんです。
チエ   芸が 身を 助けたんですね。(笑)

 勘当された イズミ


チエ   伝次郎が、一番
     手を焼いたのは、誰でしょう?
イズミ  やっぱり 僕かな。
     ← 勘当されたこともある。
チエ   何のことで 勘当されたの?
イズミ  もろもろのことです。
     もろもろのことが 腹に
     据えかねたんでしょうね。

チエ  こんな 時代も あったのに。(笑)



チエ   盆栽を折ったから?(笑)  
チエ  なんか 伝次郎は盆栽の趣味がすごかったんでしょう?
    東京都の写真美術館に、響写真館の写真を寄贈した後、兄妹で ひさびさ集まった時に
    (ナツキ主催 コウゾウ モモタロウは欠席)
    親父は子どもより盆栽と鯉が大事だったって、みんなでクソミソ言ってましたよね。
      親父は 存在自体が 迷惑だ とか。(笑)
コウゾウ そうそうそうそう(笑)
     写真はもっともらしくやってますけどね、僕に言わせれば盆栽の方がもっと傑作ですよ。
チエ   へえ、そう? 盆栽の写真はないのかなぁ?
コウゾウ あるよ。(今回の ガラス乾板の中には 見あたらなかった。)


  疎開先 太良で   

イズミ これが 疎開していた 太良の家です。
チエ  へえええええ 太良の写真は 初めて見た〜! ステキなお家! へええええええ!
    ミヤちゃんと ミユキちゃんが 捕虫網持ってる!
イズミ この写真は差し上げます。水車小屋を改造して住んでたんです。今は水車小屋はありませんよ。



チエ  いい家ですねぇ。 なんか ニワトリ 鶏 飼ってたんでしょ?
コウゾウ ああ ああ(なつかしそうに) 飼ってました。
チエ  キヨさん ほら 太良のお家だよ。こんな写真初めて見た。懐かしいでしょ?

キヨアキ はあ ・・・・・あれ??! 下が瓦で 上が わら葺きかぁ・・・・・・・
     いや、下が瓦とは、気づかなかったなぁ・・・・・・上が わら葺きなのは 知ってたけど・・・・
     燃やしそうになったから・・・・・

チエ   アハハハハ なんで燃やしそうになったの?
キヨアキ (口ごもる)うん?・・・・・ いや それは 色々あってぇ・・・・・・(笑)
チエ   また、色々かよっ!(笑)
キヨアキ うん(笑)・・・・それでぇ・・・ほら、あれが燃えたの、ゴミ箱が・・・・・
チエ   たばこ吸ってたんじゃないの?
キヨアキ 下が瓦だったのかぁ・・・全部わら葺きだったら、あの家は全焼だったなぁ・・・・・・・
チエ  アハハハハ  ・・・もう!・・・・・

    マッカーサー


イズミ  これが糸岐川。 向こうに見えるのが
     太良岳 蝶ヶ岳 
チエ   わぁ これが糸岐川・・・
     鶏小屋は どこにあったんですか?
キヨアキ 糸岐川のこっちに、ちっちゃい川があった。
     その川の上に水車が2つあって、1つが 鶏小屋だった。 
   鳥は 夕方 エサやりに行くのを待ってたのね。

チエ   鳥に 名前つけてたんでしょ?
キヨアキ そうそう。この前は、名前出なかったけど・・兄さん覚えてるやろ、オスでね、
    マッカーサーってのがいたんだ。(笑)
チエ  アハハハハ にわとりの名前でしょ?
キヨアキ その時の 鳥の中で 一番えらかった。とさかが 真っ赤で立派だった。
     それで 「マ ッカ〜サ〜〜!」って鳴くんだ。
チエ   アハハハハハ
キヨアキ  鳴き声が「マッカ〜サ〜」だったんだよ。(笑) それが ボスだった。
チエ   アハハハハ
キヨアキ  それがボスで、2番手が 「ケーハス」って言うのがいたんだ。
      ケーハスのケイは、まあ鶏なんだけど、 「ハス」 っていうのは何かと言うと(笑)、
      計略に欠けてるんだよ。 ものすごいおっちょこちょいなんだ。(笑)
       ケーハスハスハスハス って 走り回るんだ。で、ケーハス。
チエ   アハハハハ(笑いころげる) 名前は みんなに共通してるの?
イズミ  顔は全部覚えています。
キヨアキ イズミは、今でも飼ってる亀とか蛇の顔 覚えてるだろ?
      番号とか印とかつけなくても 全部顔がわかるんだ。

   

チエ   なんか 前に 嵐で 鳥が流されちゃったとか言ってたよね。
キヨアキ いやいや・・・流されなかったの。
イズミ  小屋が 何メートルか 傾いたんですよ。
キヨアキ チャップリンの映画みたいに。(笑)
チエ   『黄金狂時代』?
キヨアキ そうそうそう。小屋が。(笑) 
   人間さまは、鳥どころじゃなかったんだよ。なにしろ あのプライドの高い親父が、
     屋根の上に登って  助けを求めたんだから。 遂に!
     そんなこと考えられない人間なんだよ、 親父は。
チエ   アハハハハ
キヨアキ  オレたちは、テツオと2人で ぎゃあ オヤジが 人に 助け求めてる! 
      ザマ見やがれって ギャアギャア騒いでたんだ。(笑)
イズミ   伝次郎はプライドが高くて 声が出ないわけですよ。
       だからテツオに、おまえ「助けてくれ〜」って叫べって 言ってた。
      テツオは「いやや〜」って叫んどったよ。
チエ    アハハハハ
キヨアキ  コウゾウ兄さんは、流されたんだよね、あの時。 無謀にも、向こう岸へ 助けを呼びに
      泳いで行ったんだよね?
コウゾウ  指揮官の命令やからねぇ、濁流を泳いで渡った。 だあああああって 濁流に流された。
      上の堤が 決壊したんやろ。 だああああって すごい流されたなぁ。
イズミ   テツオは メガホンで 「たすけてくれ〜」って言えって親父に 言われていやがっとるし」
チエ   アハハハハ なんか映画 見てるみたい。(笑)
      コウゾウさんは、鳥小屋を 救おうとして 泳いだの?
コウゾウ いやいやいや 隣の部落まで行って、助けの舟を出してくれって 頼みに行ったんや。
     伝令を兼ねたんや。

   スマトラ沖に くらべたら 
  
コウゾウ シンガポールから 最後に ジャワまで 行った時、もう輸送船がないんですよ。
     ジャワを出て、 スマトラ沖にかかった途端に、真っ昼間、やられた。 
     真っ昼間だから 助かったんや。南方は 日が長いしね。
チエ   え? 泳いで 助かったの? すごい強運ですね?
イズミ  コウゾウさんのそのへんの話は、前にちょっと聞いたことあります。憧れましたねぇ。
     船乗りシンドバッドかなんか 悪運の強い、あんなん やったんかな〜って思って、
     聞いててワクワクしました。
チエ   アハハハハハ  コウゾウさん、南方で くぐり抜けて来たことを考えたら、
     嵐も濁流も なんにも恐くないわけですね?
コウゾウ なんともなかったですね。

  特務機関兵

コウゾウ あの時代には、もう南方に日本に飛行機はなかったんですよ。
     レイテ沖海戦で、全部飛行機はやられてしまって。
     だから見習い航空士官連中は、全部シンガポールからスマトラに送られて、
     全部 陸上勤務させられてたんですよ。

コウゾウ 陸軍の兵隊として行ったのは僕らだけ。1000人ぐらいしかおらへん。
     ところが航空見習い士官連中は2000人ぐらいおる。
     その連中を全部 そういう急なあれやから、航空見習い士官連中を大事にして、士官室に入れた。
     僕らはおるところがないから、プレハブの板で 急ごしらえの宿舎を作って入れられました。
     
     でも、航空見習い士官兵なんて、飛行機乗らない飛行士なんて、使いようわからへん。
     だからみんな 特務機関兵になったんです。
     参謀部直属の 諜報機関に入るんです。 いわゆるスパイ活動です。 
     全部軍服脱いで、頭も長髪にして、民間人として、ふるまう。
     でも 戦友と道で会っても 口を効いてもいけないんです。
     
     僕もね、マラリヤにかかって クアラルンプールの病院に入院して折ったときに
     仲良くなった友人と 久し振りに 道で会って 「おお! 元気やったか!」って
     駆け寄ったら、すーっと モノも言わずに 行ってしまった。 
     特務機関兵は 戦友と 口を効いても いけないのです。  
     中野学校とかね、あの系統の連中のように、2000人全部が 特務機関兵になったんですよ。

(※実は、インタビューした時は 法事の会席の最後で、みんな酔っぱらっていたので
トクムキカンヘイという言葉は、私には聞き取れなかった。
私の中に概念がなかったので、入って来なかったのだろう。 何の反応もしていない。
それで この部分だけ 確認の電話をした時の 談話である。

今回、特務機関兵という言葉を調べていて 鳥肌が立った。
「中野学校は 少数精鋭のスパイを育てる学校で、
飛行機がなくなったからといって、あわてて2000人もの若者を 特務機関兵にしたところで 
勤まるような任務ではない」 と夫に言われた。
「じゃあ バカみたいじゃない?」
「バカみたいでないことが 一度でもあったか? この戦争で」
竹槍で 戦う。 飛行機ごと敵に突っ込む。 食糧もまったく補給しないで 山道を行軍させる。 
日本の軍隊が、天皇の名において 若者に強いた 暴力に あらためてぞっとした。)


  運がよかった   
     
  チエ  もう、これはダメだ という時はありましたか?
コウゾウ うううーん。・・・・・・あんまりないね。のんきやから。運がよかった。
     結局学徒兵だから のんきですよ。 学生生活の延長やもん。
チエ   一緒に 流されて 最後まで一緒だった人はいないんでしょう?
コウゾウ おるよ。 
チエ   おる? あ、ほんとう・・・お友だちですか? 今もお元気ですか?
コウゾウ どうかなぁ。もう わしら年やからねえ・・
チエ   じゃあ 転々と配属されながらも 最後まで一緒に?
     生きて帰れたんだね。 生死を共にした仲間だから 格別ですね。
コウゾウ そりゃ そうや。そういう連中の方が 気心が知れてるというか・・
     わしら色々ありましたもん、ほんとに。

     鳥 birds

キヨアキ  嵐の後の 鶏小屋の話 しようか?(笑)
チエ    うん、してして!

キヨアキ  もう、こっちは 嵐の間 チャップリン状態でしょう?
      川のふちに、もう一つ 鶏小屋があったんだよ。 両方で200羽近く鶏がいたんだから。
      その飼育係が なぜか僕だったんだね。もう イズミは なんもやってくれないし、
      どういうわけか 僕になっちゃってた。

      エサをやる部屋が 鶏小屋のとなりにあって、そこで僕がエサを混ぜてると、
      コッコッコッコって、もう鶏たちが 待ちかまえているわけだ。
      クビを外に出してエサをあるようにしてたんだ。
チエ    うんうん、今の鶏小屋みたいにね。
キヨアキ  そうそう。クビを外に出して待ってるわけね。もうみんな。
      ところが、その嵐の時は、人間様がもうそんなことだから、
      鶏のことまで、頭が回らなかったんだよ。
      で2日くらいしてから、一段落して、水もだいぶ引いたら、思い出した。           
      しまった! 鳥にエサやらなきゃいけなかった!
      それで 僕はあわてて 鶏小屋へ行った。
      もう、水もない、エサもない。
      外の エサやるところなんか 雨でぐしゃぐしゃになっとるから、ともかく鶏小屋の中へ 入った。
チエ   うん、うん。
キヨアキ そしたら、もう ヒッチコックの 『鳥』って映画じゃないけど、
     もう 鳥たちが僕に向かって エサ欲しくて コッコッコッコ 全部押し寄せてきて 大変だった。
チエ   ええええええ それは コワイ〜〜!
キヨアキ もう 死ぬかと思ったよ。 体中 鳥につつかれて 血だらけ(笑)
     死ななかったけど。
チエ   アハハハハハ 映画にしたい〜。 脚本書くから 誰か 映画化してくれ〜。(笑)

    流された盆栽

キヨアキ で、台風一過で 盆栽が全部流されたんだよ。
チエ   えええ? 盆栽 全部流されちゃったの?
キヨアキ  ざまみろだよ。(笑) 植物を 針金で 
      がんじがらめにして サディストだ。
      何がいいのか さっぱりわからんかった。
イズミ   まったく 自然をいじめて 悪趣味ですよ。 盆栽なんて。
キヨアキ 何百万円相当だよ。 
チエ   え? そうなの?
キヨアキ 鉢が高いからね。 もう親父は 放心状態だったよ。
     めげなかったけどね。
チエ   アハハハハ
イズミ  おじいさんの代から そういうこと(盆栽趣味)
     をやってましてね。
チエ   ああ、オトマツさんね。
キヨアキ オトマツさんも 山いくつも買ったり、
     料理人を雇って、アイスクリームのテンプラさせたり、
     北原白秋を 家に ずっと滞在させたり、とんでもない趣味人だったみたいだよ。



    ナツキは どこに

チエ   ええと、これは みなさんに聞いてるんですが、原爆の前日まで 夏木はどこにいたか?
     知りませんか?
イズミ  前日? それは ムツコさんの方が知ってるでしょう。
チエ   いえ、ムツコさんも知らないのです。
イズミ  活水女子学院の 宿舎にいたのでは?
チエ   いや、それは 敗戦後です。
     モモタロウと 活水に戻ってから 2人で 活水の職員宿舎に住んでいたそうです。
     野口さんの家で お世話になってたのでは? とムツコさんは 言ってるのですが。
イズミ  いやぁ 僕は 野口さんは だいぶ長く おつきあいしていますが、タツオさんというのが
     ナツキさんと同級生で・・・そこには、僕はよく遊びに行ってたから、
     ナツキが下宿していたというのは、聞いたことないなぁ。 野口さんの家ではないと思いますよ。
チエ   原爆当日、モモタロウとコウゾウさんは 出征してるし、ナツキは 足にオデキができて
     休みを取って、疎開先の太良に帰ってたから、奇跡的に 原爆に遭わずに 助かったわけです。
    でも、前日までは 爆心地の三菱大橋工場、魚雷を作る工場に 学徒動員で 通っていたのだから
    長崎市内にいたはずなんだけど・・・・ どこにいたのか 誰も知らないんですよ。 
    Nobody knows なんです。 (ムツコさんに) 誰も知らないねぇ・・・・謎だ・・・・・


   終戦の日  

イズミ 終戦の日は ナツキさんも 太良にいました。 それは、はっきりと 覚えています。
    天皇陛下の 玉音放送が流れた時、僕なんかは「ざまみろ」 とか 思ったけど
    彼女(ナツキ)は真面目だったから、ショックが あったんでしょう。
    親父が「戦争責任は 天皇にある」って言ったら、
    「そんなことはないでしょう」って 涙流して 泣いてましたよ。

ムツコ  ナツキさんが? へえええ
チエ   やっぱり 軍国少女だったんだねぇ。
イズミ  軍国少女の 一面は あったですね。
チエ   みんな そうですよね。
イズミ  いえ、僕は なかったです。
ムツコ  戦中から なかったんだ!
チエ   アハハハハハ
イズミ  まじめに勉強しなかったからね、教育が浸透しなかったんです。
チエ   アハハハハハ なるほど、なるほど。よかったねぇ。
        ってことは、不真面目が 勝ちってことですね! 真面目だと 危ないですよね?

イズミ  つまり・・・・中学に入ってから以降 真面目にやってた時期は 一番危ない。
     同じ人生でも 真面目にやってるか不真面目かは、天国と地獄の違いですな。
チエ   アハハハハ イズミさん いつが 真面目だったんですか? 真面目にやってたことあるの?
イズミ  いやぁ・・あの・・・・・僕なりにはね、・・・
     子どもが社会に出るまでは、真面目にやってましたよ。(苦笑)
チエ   今は、ハ虫類には 真面目ですよね? 生きものには 真面目だよね?(奥さんに)

イズミ  うん、だから、ハイ、アソビには 真面目なんです。
     アソビはね、岡本太郎じゃないけど アソビは オアソビじゃ ダメなんですよ。(笑)
チエ   なるほどねぇ。
ムツコ  道楽じゃ ダメなのね。 極めないと。
チエ   極道ですね。(笑)


   インタビュー 次回は

ムツコ   ちこちゃん よかったねぇ。インタビュー 一挙にかたずいて。
チエ    アハハハハ ほんとに。 ムツコさんのおかげです。
ムツコ   今度は だれ?
チエ    ええと ミヤちゃんと てっちゃんが残ってます。(笑)
ムツコ   楽しみね。 おいちゃん(モモタロウ)たちが 生きてる時に、聞かせたかったね。
チエ    ほんとに。

キヨアキ  聞くのが うまいよ。 話してるとね、思い出してくるんだよね。
コウゾウ  ほんまに。 長いこと  封印しとったけどねぇ。 出てきよった出てきよった。(笑)
チエ    アッハハハハハハ
     (ムツコさんに) コウゾウさん 書いて送ってくださるんだって。
イズミ   僕も 積極的に自分からお話することは、ありませんが、こうして聞いていただけましたら、
      いつでも喜んでお答えいたします。
      高校で 結局 落第になりまして、キヨさんと 同じクラスになってしまった話とか・・・
チエ    ええ? そうなんですか!?(笑)
イズミ   まだまだ色々あります。(笑 まだまだ話し足りない様子)
      次回は 僕もメモを 書いておきます。
      それから キヨアキの記事は 赤ペンで 修正して お送りします。
チエ    ハイ、よろしくお願いします。
      それから イズミさんの プロフィールも お願いします!
イズミ  え?  僕のですか? (ものすごく照れる)
チエ   はい、略歴を。 前回の記事を読んだ 私の友人たちが イズミさんに 会ってみたいって。
     イズミさん、超 人気ですよ。
イズミ  略歴って・・・・困ったなぁ・・・・・・・(ものすごく 困る)
ムツコ  とんだ商売人が 現れましたね。(笑) 
チエ   アハハハハハ よろしくお願いします。 みなさん ありがとうございました。
    
     先に逝ったナツキ ミユキ モモタロウも、  お墓の中で 笑いころげてることでしょう。
               
                              (2008年10月4日 嵯峨野念仏寺にて)
| 長崎8人兄妹物語 | 12:00 | comments(9) | trackbacks(4) |
Comment
すごい…!
こんなたくさんの家族写真。
しかも、すごくいい表情のスナップの数々。
私の祖父も写真館でしたが、昔の写真は、しゃっちょこばってポーズして撮ったものしか見たことありません。

ところで、今年もキムチ漬かりましたが、いかがですか?


2009/02/08 1:58 PM, from 幹子
ええ!ミキちゃんのおじいちゃんも
写真館だったの! 

キムチ欲しい欲しい! 昨日 合同パーティだったのに〜。次は3月 SLに乗りに行くしなぁ。 注文取りますね。 SL行かない? (笑)
2009/02/08 2:29 PM, from かんからかん
SL乗りたい!レキはドッテテキャンプ行くし。

うちの祖父の写真館というのは戦後はじめたもので、そんなに古くはないですけどね。叔父が続けていましたが、もう閉めてしまったようです。
2009/02/08 6:05 PM, from 幹子
ご無沙汰してます。
なんか、元気なくて元気をもらおうとこちらをのぞいたら、なんと!!数々のすばらしい写真が・・・不思議なことに、数日前に以前教えていただいた「女の一生・二部」を読んで長崎のことを考えていたところでした。まだ、全部読んでないんですが、とり急ぎ、いただいた元気のお礼まで!!
2009/02/09 11:45 PM, from ゆり
わぁ ゆりさん おひさしぶりです。この記事アップしましたと
連絡しようと思っていたところです。見てくださってありがとう!

1200枚の写真とガラス乾板の写真展やってよ〜とか本にしようよとかいう声もチラホラ出てます。 
写真って 確かに 見てるだけでニンマリ、元気になりますねぇ。   
2009/02/10 7:44 AM, from かんからかん
メールありがとう〜
読んだよ!
今回も読み応えバッチリね。
ごちそうさまでした!

戦争時代の話って何故にこうも響いてくるのか不思議です。
多分僕の中にも「教育」がバッチリ根付いてるんやろねえ。
忘れたくない感覚ですわ。

そんな事を思いながら読ませて頂きました。
ナツキさんの謎(笑)解けると良いですね。
ほんでは続編期待してますよ〜
皆様によろしく!
2009/02/10 3:55 PM, from 一平
写真すごいですね。セピア色で、漠然と懐かしいというのが昔の写真に対するイメージでした。ところが、こんなに鮮明で、気温や臭いを感じさせるものがあったとは。タイムマシンだ。写真展やってください。一度焼いたものを現在の技術で大きくしたりもしてほしい。ぜひぜひ。当方も微力ながらなんか働くから。
2009/02/10 4:15 PM, from ぜんせい
一平ちゃん 長いのに読んでくださってありがとう。そうナツキの謎はね、なぜ家族と一緒に疎開しないで長崎に残ったか ってこととなぜ8月8日にオデキごときで帰ったかってってことなんだ。人生はミステリーだね。(笑)
写真展やってほしいって 伯父叔母たちからも言われてる。そういう流れが来たら 本気になるね。
2009/02/11 11:35 AM, from かんからかん
しばらくぶりに覗いたらタイムスリップ記事と写真がびっしり!千絵さんすごい伯父さま叔母さまおもちですね!一人ひとりの性格まで写し取ってるところがすごい!!被っていた千枝さんから100%千絵さんでパワー全開だ・・と思っていましたが、さらにこの記録魔はながれている血でもあるのね!
2009/02/13 11:34 AM, from やまねこ









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