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長崎8人兄妹物語  メリークリスマス 

なんとか この ガラス乾板を 画像にしておかないと・・・

試しに スキャナーで やってみようか。
コピーしてみたら どうなんだろう。
私たち家族は 頭を悩ませた。
今 このガラスのネガを 写真にプリントする技術を持っている 写真屋が どこかに あるだろうか?

画廊に勤めている 娘は ガラス板 3枚を 持って
仕事でお世話になっている アート写真のタケミさんに 相談してみた。
すごく いい方なんだ と カナが 前から 頼っている写真屋さんだった。

タケミさんは、「これは 貴重だ。 自分の 勉強のためにも やってみたい。 ぜひやらせてください」 と 
ガラス乾板の プリントに 挑戦してくださるという。
なんと タケミさんの 93才の お父様がご健在で、昔 ガラス乾板を使っていたので なつかしがっている。
技術を 教わりながら やれる というのだ。

なんという 幸運!    プロジェクトは 一気に 加速した。

ほどなく、試しに 焼いてくれた写真3枚が 届いた。 うわぁ すっごい きれいに焼けてる! 写真を 見て 絶句した。



  なんという 豪華な クリスマス・ツリー!



  ・・・・ありえない。 こんな クリスマス・・・・

 右側 シルクハットを被った 大沢たかおに
 ちょっと 似た 青年が 長男モモタロウ。
 真ん中で 小さい子を 抱いた 紅一点が
 私の母 ナツキ。
 左下 三輪車に乗っているのが ワルのイズミ。 
 右下 黒いコートを着て ブリキの自動車に乗って
 ふてくさっているのが キヨアキ。

 後ろの 黒人は だれ? (笑)
 私の弟トオルに そっくりだなぁ。
 これが まだ 私が 話したこともない 
 次男の コウゾウ叔父さん かしら。

 昭和8年生まれの 5男のテツオが 2才くらいで
 ナツキに抱っこされていてるし、
 昭和11年生まれの 妹の ミヤはいないから、
 この写真は たぶん 昭和10年頃の ものだろう。

 それにしても 誰の趣味で、
 みんな こんな格好を させられてるの?(笑)


キヨアキ伯父に この写真を見せた。

ちえ  キヨちゃん なんて顔してるの〜(笑)すごいぶーたれてるよ。 覚えてる? クリスマスのこと。
キヨアキ  覚えてない。
ちえ    覚えてないの〜?(笑)すっごいじゃん、このクリスマス。 毎年やってたの? こんなこと。
キヨアキ  うん。毎年恒例で。でも 僕は、大して喜ばない。 うれしくないよ〜。決まってるだろ。 こんなかっこさせられて。
ちえ    あまりにも 過剰だもんねぇ。 キャハハ この家 過剰だよ。 Too much でしょ。(笑)
    これって 母親の好み? 父親の好み? どっちなの?
キヨアキ   おふくろの好みだろ? よそいきの いいオーバー着せられたんだよ。
      アウトポケットがついてて、かわいらしいデザインなんだろうけど、そのポケットが気に入らなくて、
      はさみでビリビリに破いたのは 覚えてる。
ちえ    キャハハハ


モモタロウに去年 聞いた話によると 井手伝次郎は 長崎から 東京の美術学校(現芸大?)に 遊学。
絵描きになりたくて、 卒業後も タンス用の 桐材の輸入などを しながら 東京にいるうちに 駆け落ちのように 梅子と 結婚。
長男 モモタロウは 東京青山の 生まれである。

商売好きの父 乙松が 商売を拡げすぎて、他人の保証で 借金を背負い、
長男 伝次郎は、関東大震災で 焼け出されたのと 父の借金を返すべく 長崎に戻った。(最初は佐世保)
上野彦馬の 直弟子の 渡瀬写真館で 写真技術を習得。

伝次郎が 響写真館を 長崎市片淵で 始めたのは、たぶん 昭和元年か 2年だ。
モモモタロウの遺したノートによれば、大正11年生まれの次男コウゾウは 佐世保で出生、
大正14年生まれで、その年のうちに亡くなった長女ミドリは 長崎船大工町で出生。
昭和3年生のナツキ 以下6人は 長崎片淵町で出生しているからだ。

伝次郎は、美学校で磨いた絵画の才で ガラス乾板上の 修正技術に長け、
東の 淵上白陽、小川月舟、西の 井手伝次郎と呼ばれるほど 写真の技術が高く 評判になったそうだ。
お弟子さんを何人も雇って、写真館も繁盛したらしい。
出征する兵隊の写真撮影を拒否して、昭和20年に長崎を離れ 佐賀県太良に疎開するまで、
ナツキは まさに響写真館の 隆盛とともに育ったことになる。


クリスマスは お弟子さんやお手伝いさんも交えて
写真館恒例の 大イベントだったらしい。
響のクリスマスなんてプログラムや、
へたなミッキーマウスの絵も 飾ってある。
みんなの 前には ご馳走。 
といっても なぜか どんぶりだ。(笑)

コウゾウ  なんも ごちそうなんて。(笑)
      皿うどんと チャンポンよ。


モモタロウの一周忌で 初めて話を聞いた 
次男のコウゾウ叔父さんが 笑いながら 言った。

コウゾウ いや〜 なつかしいなぁ。覚えてるよ。
       僕はインド人の踊り 踊ったんだ。
ちえ   ええ? コウゾウさんが 踊ったんですか?(笑)

     (コウゾウさんは 兄妹の中でも 無口で 誰も話を聞いたことがないらしい。 堅物のイメージだった)
 

チエ  じゃあ、無理矢理 親にやらされてたってわけでも
    ないんだね。(笑)
イズミ  ちゃんと サンタクロースも 袋を持って 来るんですよ。 


(イズミ伯父が持ってきてくれた 別の年の写真では、丸囲みの中に サンタさんが写ってる)

チエ   ど、どーいう家なんですか?(笑) いったい 誰の趣味? 
コウゾウ  オヤジ だろうね。 伝次郎は まったくの無宗教だったけど、 実はクリスチャンだったから、 どこかに後ろめたい 気持ちが あったのかもしらんねぇ。




幼なじみ タエ子 の記事にも 書いたが、私の母ナツキの クリスマスに対する執着もすごかった。
私が子どもの時は、私の友だちを たくさん家に招いて、
折り紙の チェーンや モールで 天井から飾り付けた 部屋で ケーキやおやつを たくさん 出してくれた。
年末年始の忙しい時だし、1月生まれの私は、すぐお誕生会来るし、 
大して まめでもない母が、よくあんなクリスマス会を 毎年やってくれたもんだと 思い出す。

それは、ミッションスクールだった長崎の活水女学校の影響か、
タエ子さんの家での 同窓生たちとのクリスマスパーティの影響かと この春まで ぼんやり思っていたのだ。
この写真を見るのは 初めてだし、母から 響写真館の クリスマスの話は 一度も聞いたことがなかったから。

・・・・・クリスマス ・・・・・ 
クリスチャンでも ないのに、一年に一度 寒さと共に 巡り来る この言葉の 響きに
なぜか 今でも うきうきする。

Merry Christmas

この ガラスのネガ板を 明かりですかして、初めて この光景を 見た時、 
クリスマスという言葉に うきうきと 気持ちが 駆り立てられるのは、
これだったんだ、と 一気に 謎が 解けた気がした。

私の知らない、こんな大家族の、こんな幸福なクリスマスの記憶が、
DNAに 刷り込まれていたんだ。
なぜか 涙が 止まらなかった。


 
| 長崎8人兄妹物語 | 09:00 | comments(3) | trackbacks(0) |
Comment
これはすごいですね。写真のことはよくわかりませんが、空気の湿気具合とかにおいとか伝わってきそうですもんねえ。昭和10年ですか。いやすごい。
2008/10/11 11:16 AM, from zensei
イズミさんとコウゾウさんが生で登場しいよいよ期待が高まるo(^-^)o
戦時下で物質的にも文化的にも豊かな井手家がどのように変わっていったのか。あぁ、突撃インタビューが待ち遠しい。

それにしても井手家のクリスマスの豪華さにはおどろかされるね。ナツキさんにも写真見せたかったでしょう。話も聞いてみたかったなぁ。

2008/10/11 11:00 PM, from ミチコ
突然の書き込み失礼致します。
BS-TBSの井上と申します。

この度、番組内で上記のお写真を使用させていただけないかと思い、書き込ませていただきました。

突然で申し訳ございませんが、ご検討の程、よろしくお願い申し上げます。
お手すきの際にでも、お返事お待ちしております。

BS-TBS
井上美紀
TEL:03-5575-2250
FAX:03-5575-3118
2011/11/08 2:14 AM, from BS-TBS「昭和青春グラフィティ」井上美紀と申します









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