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長崎8人兄弟物語  その3 暗号兵 モモタロウ

夏に紹介した「長崎8人兄弟物語」の母の長兄 桃太郎叔父が先週亡くなった。11月で87才だった。
8月5日、原爆当時の話を聞きに大阪の自宅に訪問したのが最後になってしまった。
今まで、きちんと話を聞く機会もなかったが、私の衝動のおかげで、思わぬ肉声が残された。貴重なインタビュー、愉快なテープ起こしだった。続きは次回のお楽しみ、とニヤリと笑った顔が忘れられない。すでにこの時、膵臓ガンで余命も宣告されていたというが、叔父も叔母も、そんなことは一言も言わずに、長い時間私の質問に答えてくれた。どんな悲惨なことでも、まるで笑い話のように話すのが、この兄妹たちの血筋である。 こんな風に年老いたい!といつも夫や子どもたちと話していた。
桃太郎叔父、楽しい生き方をありがとう!

暗号兵
モモ 私が軍隊にいたのは鹿児島ですが、主として宮崎県、城(ミヤコノジョウ)に司令部があった
   から、そちらにいました。今はもうさぞ都会になったでしょうが、当時は田舎で、まあ、おそらく
   アメリカの飛行機から見たら、宮崎は平野でしょうね。山らしい山はないですから。
─  陸軍ですか?
モモ はい。陸軍です。司令部はだいたい城にあって、途中 松山とかいろんな所に移動したことも
   ありました。というのは、横穴壕を掘って入らないと危ないことが増えて来ましたからね。
   普通は学校の校舎を借りて、学校を司令部の建物に使っていたんです。でも、横穴壕は気温が
   変わらなくて一定だから、快適でした。
ムツコ さしずめヒーローインタビューみたいやね。(嬉しそうにささやく)
モモ  暗号兵というのは、中心になったのは大学教授でした。大学教授くらいの知識がないと、
   暗号は解けない場合が多いんです。電波が正しく受信されれば、誰にでも、バカでもチョンでも
   解けるんだけども。ところがね、電波状態が狂うことがよくあるんですよ。むしろ狂うことが多い。
   そういう、電波が尋常でない事態にあっては、暗号がなかなか解けないことがあるんですね。
─  おじちゃんは、城で知ったんですか、原爆の日は?
モモ あ、原爆は、あれはね。K少尉さんというのがいてね、上官だけど。彼は、長崎の名家の息子
   でね、私の長崎中学時代の、1つ上級生だったんですね。長崎中学というのは、あちこちに転売
   されて、転売っていうのはおかしいけど、合併されて、校舎もなにもなくなっちゃったんですね。
   これはもう長崎では、まあその頃は受験校なんて概念はなかったんだけども、当時はね。
   だけど、長崎中学受ける人は、みんな(大学)受験するために長崎中学受けるんです。
   私もその一人ですがね。
─  K少尉は先輩ってことですか?
モモ うん、1年先輩でね。話があちこちしますが、その長崎に原爆が落ちた日、我々の部隊は城
   だったので安全地帯にいたわけです。我々の部隊は50人くらいいたんですが、たまたまだけど、
   長崎の大村で編成された部隊だったから、ほとんどの人が長崎県出身だったんです。
─  長崎人だったの?
モモ そう、長崎人でした。それで、K少尉は長崎中学の1年先輩だったんですね。
   K少尉自体は参謀部じゃなかったなぁ。私は暗号兵ですから、参謀部に直属してるんですが、
   K少尉はたしか総務課に相当する部署にいたと思う。
─  原爆が落ちったて言っても、別に部隊は変わらないんですか?
モモ 部隊そのものは九州に駐屯しているわけですから。当時 外地は既に次々負けちゃってね。
    フィリピンから追い出され、沖縄も終結に近づき・・
ムツコ 変化はまだないわけ。15日の終戦が来るまではね。
─  でも、戦争が終わるなんてことは、まだ誰も知らないわけでしょ?
ムツコ そうそうそう。もう情報はすべて入ってるんだけども、それこそ暗号でね。
─  そうなんだ。
(ガーン テープが終わっていることに気づかず、大事なとこ切れてました!
K少尉が長崎県出身者を集めて、原爆に遭った家族の安否を問い合わせた、というような話だったと思う。K少尉のことは何度も出していたので、印象深い上官だったのだと思うが、おじさんの言葉が再現できなくて残念。ごめんなさい。)

新型爆弾ト思ワレル
─  原爆のことは、どうやって知らされたんですか? 
モモ ああ、それはね。新型爆弾って言葉が使われてました。
─  暗号文でもそうなんだ。
ムツコ 内部では、わかっててもね、
モモ  暗号文が入るとね、手分けして、みんなで解読を始めるわけです。
   我々は8時間交替で、一日3回交替するんです。で、そのすぐ部署について解き始めたら、
     「新型爆弾ト思ワレル」って文章が入って来たんですね。これが広島に落ちたと。
アケミ 暗号が入ってから、広島に落ちたの?
モモ  広島に落ちたのはウラニウム爆弾。長崎に落ちたのはプルトニウム爆弾。
ムツコ もう、その当時に、そんなことまで読んでたわけ?
モモ いや、当時はまだわかってない。「新型爆弾ト思ワレル」ということだけ。
ムツコ そう。広島に落ちた後でも、新聞は出てたのよ、その頃。こんな小さい、ほんと小さい紙面
    だったよ、私覚えてるわ。
─  じゃあ、長崎に落ちた日に、これが新型爆弾かって思ったの?
ムツコ いやあ、私らそんなこと思わないよ、まだ子どもみたいなもんだから。(17才)
   でも、学徒動員の香焼島(コウヤギジマ)から稲佐山沿いに帰る時、男の人たちが
   「新型爆弾か」って言ってた。

特攻隊   
モモ  ところが 私の場合はね、本来は暗号兵なんですが、なんていうかなぁ、一人3役か4役
   やってましたね。陸軍ってとこは案外ね、融通が利くというか・・
─  アハハハ、それ融通が利くって言うんじゃなくて、こき使われてるだけじゃないの?
ムツコ 結局 人がいないわけよ。(笑)
モモ  本職は暗号兵なんです。(俄然、声に張りが出て楽しそうに語る)
─   あと、何やってたんですか?
ムツコ 写真。
─  ああ、写真ね。それは本職だわ。
(長崎の写真館の息子モモタロウは後にフジフィルム関連の会社に勤め、個人的にも奈良の民家の写真を撮り続けた。奈良市立写真美術館に全作品を寄贈した。)
ムツコ あと自転車の練習(ささやくように耳打ちする)
─  アハハ 自転車の練習? よかったじゃないですか。長崎県人は日本で一番自転車に乗れない
   そうですよ、坂が多いから。母が言ってた(笑)
モモ そうそう。自転車に乗る場所がない(笑)だから私もね、それまで自転車に乗る必要がなかった
   んですよ。
─  よかったねぇ。じゃあ。軍隊に入ってよかったこと=自転車に乗れるようになったこと?
   (みんなで大笑い)
モモ  自転車くらい練習して来いって、軍隊っていうとこは、そういうとこが、大らかというか・・・
   (笑いながら、楽しそ〜に話す)
ムツコ まあね、自転車くらい乗れないと兵隊さん困るものねぇ。走れ〜!って言ってもねぇ。(笑)
モモ  大の男をつかまえて、大か小か知らないけど、「おまえ、しばらく他のことはいいから
    自転車の練習して来い」って。(みんな笑いくずれる)
アケミ(私の従姉妹) 生死を分ける戦場とは思えへんなぁ(笑)
─  そうですよ、ありえないよ。(笑)すぐそばの 知覧から 特攻隊 出てるんですよ! 
モモ (笑)いや〜 恥ずかしいというか。キサマは自転車乗れんのか?って言われて。 で、
   (まじめになって)その自転車で死にそこねたんですよ。
─  ええ?!(笑)それって、それで死んだら殉死かなぁ。アハハハハ
ムツコ いや、軍隊の話、時々してくれるけどね、おもしろいよ。なんで死にかけたかっていうとね、
    自転車乗れるようになったから、上の人が使いに出したわけよ。自転車でなんとかいう町に
    行けと。で、「あれには乗るなよ」っていう自転車に乗ったら・・
─  それに乗っちゃったの?
ムツコ (ささやくように)ブレーキがこわれてたんだって(笑)
─  アハハハハ(爆笑)
モモ  きれいな自転車だったんですがね、故障してたんですよ。
ムツコ 故障してるからって言えばいいのにねぇ、「あれには乗るな」って言うから、
    イジワルかと思ってそれに乗ったんだって(笑)
─   井手家はねぇ「○○するな!」って言われたことは、やる血筋  だからねぇ。(アケミ爆笑)
モモ  いや、理由をちゃんと言えばね、いいんですよ。命に関わることなんですよ。(まじめくさって)
アケミ ウラを読めばよかったのに。
モモ  でも、乗るなと言われても、きれいな自転車だったんですよ。だからきれいな自転車に
    乗ったらね、なんとこいつが、まずこれが坂道、下り坂ばっかりなんですよ。(みんな爆笑)
     こっちは、しまった!と思った。あれには乗るなよ、と言われたワケがわかった。
    わかった時点でね、大ケガ覚悟でころんじまえばよかったんだが、しかし、そこまではね、
    こっちは途中まで気がつかなかったんだ。スピードが出始めて、こわくなってきて、
    そしたらブレーキきかないワケですよ。もう、あの時は、これでオレは終わりかって
    思いましたね。
チエ  殉死か〜!(笑)
モモ というのはね、全体としては下り坂、時々ちょっと上り坂もあるけどね、ほとんど下り坂で、
   それで、ビュンビュンスピード出るわけですよ。気づいた時は、もうおそかったわけだ。(笑)
─  で、どうしたの? どうやって止まったの?
モモ  これはもう大けが覚悟で転べばよかったんだけどね、
アケミ おじちゃん、ええカッコしいやからねぇ。
モモ いやいや、しょうがない、死ぬ覚悟でね、突っ込むしかない。
─  (吹き出す) 特攻隊だぁ。 (アケミ笑いころげる)
モモ ところが、ある所で、一ヶ所だけ、ちょっと登り坂になってた。そこで、ピっと止まった。
─  ほおおおおおお(拍手) 
モモ それで、こっちは何もなかったような顔してね、帰りは自転車を押して帰りましたよ。
   (自分で笑い出す。みんなおなか抱えて笑いころげる)
    鹿児島の山ん中だから、そんなことができたんですねぇ。
ムツコ だからね、日本軍の司令部の中でそういう話があるってことは、もう日本の戦争は
    終わってたワケですよ。(みんな納得して爆笑)
モモ  自転車に乗れない兵隊がいるっていうのは、部隊としては困るから、それで自転車の練習を
    命じた。そこまでは、いいんだけども、ところがそれは異常気象の年で、アメリカの兵隊も・・
ムツコ ああ、台風か何かでね。
モモ  ものすっごい異常気象の台風が来てね。
─  昭和20年?
モモ そう、昭和20年の7月だったかなぁ。ルーズベルトが死んで、トルーマンが後を継いだんだ。
   トルーマンは意外にえらい人だったねぇ。まあ、話があちこち飛ぶが・・・
アケミ いやぁ、いつもよりうんと話つながってるわぁ〜。(笑)
ムツコ うん、これくらいつながってれば上等やねぇ。さっき何したかは覚えてないのにねぇ。(笑)
モモ  では、このへんでやめておくか。続きは次回のお楽しみということで。
─  ええええ〜?(笑)


※日常生活では、かなり記憶が飛び飛びで支障をきたしていたらしいおじさんも、軍隊の話は映画のようにリアルだった。前回の記事ではムツコおばの原爆当日の話の間に、何度かこの軍隊のエピソードが入ったので、トーンの違いで見送った。今回は前回カットした部分を編集した。
8月15日 長崎8人兄弟物語その2 モモタロウとムツコ も合わせて読んでいただけるとうれしい。http://kankarakan.jugem.jp/?day=20070815


| 長崎8人兄妹物語 | 22:00 | comments(1) | trackbacks(1) |
Comment
おばんのインタヴィユーのお陰で、モモさん、ムツコさんのことがわかった。本当にあんな風になれるといいな、今の時代でへこんでてどうするのってね。
モモさん、いつもムツコさんを見守ってくださいね。
2007/10/23 12:33 AM, from JJ









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