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不倫

NHKの朝ドラ『花子とアン』の影響で 
なぜか夫が買ってきた『白蓮れんれん』(林真理子)を読んでいる。(笑)

このブログの「長崎8人兄妹物語」
8月9日雲の切れ間で始めたシリーズ。
さっぱり更新できないが 8月9日には やはり長崎から 突き上げられる。

長崎で響写真館をやっていた 私の祖父母 井手傳次郎と 梅子。
井手傳次郎は 長崎海星中(
美輪明宏さんの母校。甲子園に出るよ!しかも二松学舎と対決)を中退して、
明治40年に東京九段の暁星中に 自分で志願して 転校。
それを追うようにして?なのか 佐世保の古賀梅子も 大正4年 
東京九段の 和洋女子高等師範に 遊学した。

傳次郎も梅子も ともに 長崎県佐世保出身だが、 
佐世保鎮守府、海軍に食糧を納め、料亭梅月を経営する井手乙松の長男 傳次郎のことを 
古賀米穀店の娘 梅子は 佐世保にいる時から 知っていたのだろうか。
4才から 長崎の浦上教会に 預けられたという 井手傳次郎と 9才年下の古賀梅子が
佐世保時代に交友があったとは 考えにくい。


2人は 東京で どこでどのようにして 出逢ったのだろう。

ずっと長崎の話だと 思ってきたが  祖父母の物語のはじまりは、
大正4年から12年の 東京だったのだ。
まさに 花子や 蓮子が 出逢ったり 恋したり 文学してる時代の 東京だ。

傳次郎と梅子の長女である私の母夏木が 書いた随想に
「問わず語りで母から聞いた話では、父は海軍の御用商人だった自分の父の生き方に反抗して上京し、
画家を志して美術学校に入学したが、途中で写真の面白さにひかれて転向し、
当時の東京の青年たちに流行していた、いわゆる大正リベラリズムやアナーキズムにも感染し、
あの震災で向学を断念すると、それを契機に故郷に帰って写真館を始めた」
とある。

この数行を手がかりに あちこち尋ねてみると

傳次郎が通っていた美術学校は 「中村伏折が学長」という睦子おばの話からして
明治38年  谷中真島町で始まった太平洋画会研究所ではないかと 思われる。

え〜! 傳さま(うちのでんさま) 早く言ってよ〜!
私は 結婚してすぐ 谷中のすぐ近く 千駄木団子坂上に住んでたんだよ〜!

同じ界隈を 祖父や祖母が 歩いていたと 思うだけで ゾクゾクする。
まるで 隠された 地名コードに 導かれているようだ。
地名や通りが頭の中にない 長崎と違って、
東京なら 東京生まれ 東京育ちの私  地名と距離感が 想像の翼を 次々に かき立ててくれるからだ。

谷根千の 森まゆみさんの 大正美人伝や 谷中文学散歩など 読みあさった。

傳次郎と 梅子が 出逢うとしたら 九段 本郷 あたりの カフェか。 
谷中の かやばコーヒーか。
(去年9月 初めて町屋カフェかやばコーヒーに入って 私は 2階の階段から落ちてしまった。 
後で 傳次郎が谷中の太平洋画会に通っていたと知り まるで地霊に引っ張られたのかも!と 思ったものだ。笑)


傳次郎がアナーキズムにかぶれたというのが どの程度のものかわからないが、
 本郷白山坂上に 南天堂という本屋兼カフェがあり、
そこがアナーキズム研究会の開催場所で 大杉栄も来ていたらしい。
また 谷中の一善飯屋へちまが アナキストたちの たまり場だったとか。

しかし ごきげんようの 東洋英和より 和洋女子師範学校は
良妻賢母と 女子教員育成で 規律もさらに厳しいだろうから
女学生が アナキストたちのたまり場に行くことは 考えられない。

三男泉の話では 傳次郎は 個人の自由を抑圧するものは 徹底的に嫌ったが
政治活動はしていないのではないかと 言っていた。 

傳次郎は ニーチェが好きだったと三男泉が言っていたから 
ニーチェの翻訳者で 「青鞜」の名づけ親 生田長江の講演会か何かで出逢ったのだろうか。


あるいは 梅子は 若い時から 死ぬまで ずっと 和歌を 詠んでいて
与謝野晶子に 和歌を習っていたという 話もあるから、
梅子が 与謝野鉄幹晶子が発刊した 明星に 短歌を投稿していたのかもしれない。

傳次郎も 梅子も 斉藤茂吉を信奉していたと三男泉が言っていたから
短歌が2人を結びつけたのではないかという仮説が 私の中では 有力だ。 

大正4年出版の 白蓮の 『踏み絵』は 九州発信だし
上京したばかりの女学生 梅子も ゾクゾクして読んだかもしれない。
大正10年の 宮崎龍介と 駆け落ちした 白蓮事件も まさに同時代の女性 同じ歌よみ人として
自己投影して ハラハラ見守っていたかもしれない。

梅子おばあちゃん。 私が高校 大学の時 奈良に行くたび 何度か訪ねて話したのに
そんな 話 知っていたら 聞きたかったなぁ。と 悔やまれる。

梅子は 大正8年 女子師範学校を卒業後  静岡掛川の学校に教職が決まっていたが、
傳次郎は 梅子が返済するべき学費を 自分が返済するからと 2人は一緒に 暮らし始める。
といっても 佐世保の 双方の家からは すぐに結婚を認められなかったのか、
入籍届けは大正9年10月26日になっている。 
長男桃太郎の出生届けが 1ヶ月後の 大正9年11月6日 東京赤坂区青山南町3-33だから
第一子の誕生前に 慌てて入籍したのだろうか。
同棲してたら できちゃった? みたいな 間抜けな戸籍謄本を見て 笑ってしまう。

傳次郎は 太平洋画会研究所で出逢った? 日本画家平福百穂(ひらふくひゃくすい)と懇意になった。
次男幸蔵の話では 傳次郎は 平福百穂を 絵の師匠と仰いで、
毎日 百穂が飼っていた あひるの写生に 通っていたという。
家も 青山南町で 隣に住んでいたらしい。
平福百穂は 幸徳秋水の平民新聞に挿絵を描いていたし、
アララギ派の歌人でもあるから 傳次郎梅子夫妻 共通の隣人として 申し分ない。

長崎で 響写真館を始めてすぐに 井手傳次郎は 写真画集「長崎」を出版しているが
その表紙を 飾ったのも 平福百穂の 帆船の絵だ。

しかし東京で 傳次郎は 絵で 生活するところまではいかず
妻梅子と長男桃太郎を養うため おでんの屋台を引いていたこともあるという。
花子とアンに  おでんの屋台が出てきて、そこで白蓮と宮崎が逢い引きしてた時は 仰天した。
それから 長男桃太郎の妻 睦子の話では
桐タンスの会社に勤めて 東北に 桐材仕入れに 行く仕事をしていたという。
次男幸蔵に確認すると「それは 九州の炭鉱主が始めた 桐材仕入れの 東京支社のような形ですな。」

九州の炭鉱主!
ネットで探している時に 伊藤伝右衛門の 赤がね御殿も 見つけた。
去年の夏 丸木美術館の炭鉱展にいらしていた 上野英信さんの息子さん 上野朱さんに
佐賀の小岩炭鉱主で 桐材の会社をおこした人はいないか 調べていただいたりもした 。
(初めて会ったのに 厚顔無恥なお願いしてスミマセン!)

というわけで 去年の夏から 大正時代の東京と 長崎を結ぶ線を あれこれ探して 
想像の翼で ぐるぐるしていた私にとって(笑)
花子と白蓮は 九州と東京 双方から 私の興味に迫ってくれるので ほんとにありがたい。
しかも 傳さま だし。

 

ところで タイトルの不倫は 祖父母には 関係ない。(笑)

花子と村岡 白蓮と龍介のおかげ?で、
この春は 朝から「みちならぬ恋」「みちならぬ恋」と 
NHKの朝ドラには 不似合いな言葉の合唱に なんだか居心地悪かった。

「みちならぬ恋」といわれると なにやら 背徳めいて ざわざわするが、
倫(みち)は 誰にとっての どんな 倫(みち)なのか。 


すぐ 不」 をつけて 後ろ指さしたがる 
日本人の  集団的排他的自衛権 ともいうべき 
村八分のバッシング構造の方が 気になる。 

夫は 妾が何人いても 男の甲斐性とゆるされ
妻には 姦通罪があったという 時代だから どんだけ 男性本位か。

人間だれしも 身も心も 一つしかないのだし すべては タイミングの問題だから 
出逢ったタイミングと 恋する2人の状況が  ズレていることは ままある。
だからこそ せつない。   

当人や関係者たちは 修羅場を くぐるしかないのだから
「みちならぬ」 なんて 便乗してバッシングする構造には 
みせしめ的な 別の悪意を感じる。 

ワイドショーで こんなタレントいたっけ? 名も知らぬような 夫婦の
不倫疑惑 離婚騒動を 連日やったりしてると
もっと巨悪な みちならぬ政治 みちならぬ構造を まやかすための いけにえか? と思ってしまう。 
情報は いくらでも 操作できる。 操作されてきたんだ。
 

そして 関東大震災・・・・

関東大震災のどさくさで 大杉栄と 伊藤野枝が 甘粕大尉に殺される。
主義者と呼ばれる 無政府主義者に対する  排除。
その後の 治安維持法 特高警察へ 繋がっていく。 その恐怖。

震災によって 瓦解したものの 大きさ
そこから 復興しようとした時に 微妙に ズレていったもの
立ち上がろうとする 人々の気持ちに いつも甘い言葉で つけこんでくる 整理の形。

もし 関東大震災と その後の戒厳体制がなかったら
大正デモクラシーのあっけない終焉と  昭和の軍国主義の台頭はなかったかもしれない

佐野慎一の この言葉を いつも思い出す。

傳次郎が 震災で 東京での生活を諦め 長崎に帰った 一番の理由は なんだったのだろう。
東京で 長崎で 2度までも 慣れ親しんだ風景の瓦解を 見ることになるとは・・・

 

昨日の 長崎原爆の慰霊祭での 安部首相の挨拶。

「一度ならず、二度までも被爆の辛酸を嘗めた私たちは、
にもかかわらず、苦しみ、悲しみに耐え立ち上がり、祖国を再建し、
長崎を、美しい街として蘇らせました。」

はあ? にもかかわらず? どのツラさげて どの舌で言ってるの?

「被曝の辛酸」を嘗めたのは 君じゃないでしょ?
耐え立ち上がり再建したのも 君じゃないでしょ? 
「被曝の辛酸」を嘗めた にもかかわらず! 原発が 54基もある。
311の震災の後 いまなお 故郷に帰れない人たちがいて
あんなに 原発反対の運動があったのに にもかかわらず 再稼働しようとする。
にもかかわらず 原発や 軍事産業を 外国に輸出して 経済の復興を はかろうとする。 
 
みちならぬ政治家。
それを 選んでいる みちならぬ国民!
なにが 過ちか どうくりかえそうとしているのか。

これが 不倫でなくて 何が不倫だ!
 

| 長崎8人兄妹物語 | 23:20 | comments(9) | trackbacks(0) |
Comment
まさかこのタイトルから、こういうエンディングになろうとは思いもしなかった!
拍手喝采です!
2014/08/11 11:33 AM, from じんぼ
まあ、じんちゃん、おひさしぶりです!こどもたちは元気ですか?文脈破綻してるのに、恐縮です。(汗汗)
ところで、どくんご我孫子公演、チケット売り切れでお誘いできませんでしたが、9月の東京公演は8公演やるので、よかったら子どもたちと行ってやってくださいまし。
2014/08/11 2:29 PM, from かんからかん
不倫首相、不倫内閣、不倫国会ですね。本当にそう思います。
西池袋に丸木俊さんの展覧会をやってくれるブックギャラリーポポタムという古本ギャラリーがあるのですが、そこのお店の大家さんが白蓮の娘さんなんです。
去年の炭坑展では、筑豊組に連れられて“伝さま御殿”も見てきたし、ぼくも親近感をもってドラマ見ています。
で、こちらの“傳さま”はなんと、太平洋画会研究所で学んでいたんですか。とても興味深いです。
2014/08/12 4:19 PM, from okamura
まあ、okamuraさん、コメントありがとうございます!恐縮です。先日は
はるばる手賀沼までどくんご見に来てくださり、ありがとうございます。九州の人って、驚くほど東京と行き来してますよねぇ。そしてなぜか、その九州的なもの(一言で言えんと)に惹かれるもんがおる。例の東北と九州の血で飛ぶ問題デス。(笑)色々絡まってますな〜。ポポタム知りませんでした。去年明日館でチェロを聴いたのに!
2014/08/12 6:41 PM, from かんからかん
ポポタム、明日館のすぐ近くですよ!
蓮さまの『踏絵』(もちろん復刻)送って頂きました。
2014/08/12 7:12 PM, from okamura
みちならぬ政治、ほんとその通り!
今回は心底怒りをこめて
ふり返っておりますね。
花子とアンも楽しく見ていますが
不都合な真実に向き合っていないところが気になります。わたしも白連の本など読み過ぎかな?
2014/08/13 9:35 PM, from ぱくこ
ぱくこさん、コメントありがとうございます。ひとがひとに惹かれる、思わぬ力を出す、のは自分でも気づかない
血に埋められたコード(暗号)に突き動かされるのでしょうね。孫文と出逢って辛亥革命を助けた熊本出身の豪傑宮崎滔天のコードは、息子である宮本龍介にどう影響したのか、白蓮が惹かれたものにその要素はないのか、興味あります。ドラマでは妙にさわやか演劇青年&育メンになってて、母親の迫力も革命家の妻というより、意地悪な姑になってますが。(笑) それにしても孫文と共に九州 東京、朝鮮半島、中国大陸、走りまわって描いた人たちの夢はオセロみたいに白と黒がパタパタとひっくり返されていきますね。花子の兄やん一人が担っている娘を身売りしなければ生活できない貧しい農村の青年が、食うために軍隊に入り、憲兵になり天皇の国体の僕として、信教や思想を弾圧していく恐怖の構造も、テレビでは扱いにくいですね。宗教! 私の最大の関心です。(汗)「イーハトーブと満州国」宮沢賢治と石原完爾が描いた理想郷 宮下隆二 

私も筑豊組につかまって、なりゆきで宮沢賢治をやっていますが、九州と東北の幽霊たちの暗号解読はまだまだ。 この夏 ぱくこさんたちが震災直後に訪ねた岩手住田町、釜石を、子どもたちと辿ってきます。
2014/08/15 9:05 AM, from かんからかん
見出しで「?」、読み終えて「なるほど」。

1923 関東大震災
1925 治安維持法
1940 東京オリンピック
1941 太平洋戦争

2011 東日本大震災
2013 秘密保護法(←イマココ)
2020 東京オリンピック

これ見るとゾッとします。
歴史を繰り返さないようにするには、とにかく安部をなんとかしないとマズイ…。
2014/08/31 12:50 AM, from みは
みはさん、コメントいただいてたのに、返信しなくてごめんなさい!
8月6日の広島市長の平和宣言や川内原発稼働を認めた原発規制委員長の暗い顔を見ると、どんだけ圧力かけてるんだろうって怖くなる。黒を白にひっくり返すオセロゲーム。やだ〜!!!
2014/09/12 7:57 AM, from かんからかん









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古谷田奈月 『ジュンのための6つの小曲』

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