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タラへ

そうだ タラへ行こう!
そう思いついたのは 8月27日。 なぜか いつも 突然ひらめく 私。(笑)
8月23日 友人ミチコの命日に スイッチが入って、
震災以来 まったく手をつけられずにいた 『長崎八人兄妹物語』 の書き直しを始めたところだった。

タラ という地名を聞くと、行ったことも見たこともない土地なのに なぜか なつかしくなる。

映画 『風と共に去りぬ』で ビビアン・リー扮する スカーレット・オハラが 
すべてを失って帰る 実家の農園が タラという地名だったから。 だろうか。

空腹のあまり 土の中のニンジンかなにかを 掘って食べるスカーレットが
「つらいこと、考えなくちゃいけないことは 明日考えよう。
ともかく生きていかなきゃいけないから。」と 立ち上がる。 そして 農業を始める。

タラは 私にとって そういう 帰るべき大地のイメージだ。

私の祖父 井手傳次郎と 井手家の人々が 長崎の響写真館をたたんで 疎開していた 佐賀県の町タラ。 
行ったこともないし どこにあるのかも よく知らない。 そもそも佐賀県は まだ行ったことない 未踏の地だ。

長崎八人兄妹の5男 テツオが 書いて送ってくれた 地図がある。
タラの 井手家が住んでいた 水車小屋の周辺だ。


昭和20年当時の 佐賀県 藤津郡 多良町 糸岐 字 針牟田 

よくまあ 60年以上前の 6年しか住んでいない土地の地図を こんなに再現できるものだ。
テツオの 仰天記憶力には 兄妹たちも 感心する。

「タラは、川がすぐそばにあって ほんとに いいところだった。」 母が話してくれた。

この地図の 風景の中に 立ってみたい。

 「タラは川がすぐそばで 海まで歩いて 30分くらいで いいところだったよ。 
疎開民はよそ者だから しいたげられたけどね。」(四男 キヨアキ)

 「お隣さんがさ、田んぼのあぜ道を500mくらい行かないとないんだぜ。(笑)
 電気も水道もないところだったからさ、この草は食える、この草は食えない、原始の生活だよ。
滝つぼに飛び込んで、魚を捕る。楽しかったさ〜。俺は野人だからね。」(5男テツオ)

「タラは文化果つるところでしたからね。 ガスもない、水道もない、電気もない。
 そういうところで生活してみたら、こっちの方が面白いぞって思った。厳しいけどね。
本当に感動する自然との接触もこの地で体験しました。」(4男イズミ)

イズミが 毎朝 有明海から上る朝日に 敬礼をしたという高台は この地図でどこなのだろう・・・・
今は 便利なグーグルマップなるもので 探してみるが どの川筋なのか いまいち確信が持てない。

今は 面影もない ニュータウンになってしまっただろうか。
川は コンクリで固められて 東京みたいに 失われた川 暗渠になってしまっただろうか。

やはり この地図を書いてくれた テッちゃん(徹生)か 泉おじに 道案内を頼まないと ダメか。 
しかし 2人とも もう80才前後だしなぁ・・・・

「一度 太良へ行ってみるといいですよ。
疎開した時 よそものと疎外感を持ったおじさんたちの印象とは別に 土地の方々の感情もあるでしょうし
行かなきゃわからないこともある。」と 福岡の出版社のNさんからも アドバイスをいただいていた。 

井手家が 長崎から多良へ疎開したのは これまでわかったことで 昭和20年の4月。
終戦で 長崎に戻るかと思いきや、長崎には戻らず 昭和26年に 井手一家は 奈良へ引っ越したらしい。
疎開していた頃の 井手家を 覚えている人が いるだろうか。 どうやって 探せばよいのだろう。

手がかりは 4男キヨアキの話に出てきた ツサキという醤油屋さん」だ。

「初めは 糸岐の ツサキっていう 醤油屋さんに 居候させてもらった。
どういう 繋がりだったんだろう。 たしかそこの息子に 写真技術を教えるって名目で 
居候させてもらったんだと思う。 広い家だったよ。」

前にも何度か ツサキ醤油店を ネットで検索したが 見つからなかった。
傳次郎に写真技術を教わった 息子さんは その後写真屋になったのだろうか。
津崎写真館 で検索したが かんからかんのかあん『長崎八人兄妹物語』か ヒットしない。(笑)
ネットに出す世代じゃないものなぁ・・・・・

今回 佐賀県タラ ツサキで 検索したら あれれ? 前には出なかった 
津崎酒店 が出てきた。
酒店なら 醸造業、配達専門でも 土地の事情に詳しいはず。 電話してみた。 9月6日だ。

「あのう、失礼ですが、ご親戚か お知り合いで お醤油屋さんか 写真館やられていた方、ご存じないでしょうか。
私は 昭和のはじめに 長崎で響という 写真館をやっていた 井手傳次郎の孫で、
傳次郎が 疎開していた時 お世話になった 津埼さんという お醤油屋さんを 探しているんです。
そこの息子さんに 傳次郎が 写真の技術を 教えたというので、 もしかしたら 写真屋さんになったかもしれません。 
どなたか ご親戚で そんな話を 聞いたことありませんか。」

電話口に出られた男性は いい声で 闊達なしゃべりで 60代くらいの 印象だった。

「あ それは 私の父 津崎正義です。 父が 鹿島の代議士さんに頼まれて 家を 探したとです。」
「え? え? じゃあ お父さんが お醤油屋さん なんですか」
「はい、井手先生から 写真を教わったのは、私です。 津崎和朗です。」

「え? あなたが 傳次郎から写真を習ったご本人なんですか? 」
 
なんて ドンピシャな! 夏木マジック? ミチコマジック? 
受話器を持つ手が震えて 鳥肌が立つ。

「はい、私は もう85才ですが、 傳次郎先生に ほんとに お世話になりました!
井手傳次郎先生 なつかしい! うちにも 写真がたくさんありますよ! おい! おい!」
声の主はあわてて 電話口で 奥の奥さんを呼んでいる。

「ええええ 85才? 声が若い! わあ お会いしたいです。 
9月30日に 初めてタラに行くので お訪ねしても よいでしょうか。
井手家が疎開していた場所に行きたいんです。」
「どうぞどうぞ 水車小屋の跡に ご案内しますよ。」

ぎゃあああ なんという幸運!  

昂奮のあまり すぐに 奈良の泉おじに 電話した。

「いや〜 津崎さんですか。 和朗さん、覚えています。なつかしいなぁ。
僕は 長崎にも多良にも きちんとお別れのご挨拶もせずに 奈良へ来て60年 一度も ちゃんと帰ってないんですよ。 
死ぬまでに 一度行きたいと思っていたんですが」
「え? なら 泉さん 行きますか? レンタカーするから 長崎空港にさえ 来てくれれば 後は 車でまわりますから。」

勢いで 思わず 誘ってしまった。
強行軍で タラと長崎を回る弾丸ツアーなので おじさんを誘うことは まったく考えていなかったけど 
泉さんが来てくれるなら 場所もわかるし 津崎さんと面識あるなら 会ったこともない私だけで 行くより
話もしやすい。 助かるなぁ・・・・

「あ でも おじちゃん 無理しないでね。
でも なかなか こういう機会はないし みんな80過ぎて だんだん動けなくなるから
思い切って行こうと思ったら 宿など手配しますから 連絡ください。」

誘ってるのか 誘ってないのか。(笑)

泉おじは 奈良の千石先生と 呼ばれる 蛙 蛇博士で 吉野の山奥などに 蛙を追って歩いているから 気軽に誘ったものの、
後で 考えたら おじちゃんは 胃を全摘して 食事が 普通に摂れないらしい。
まだまだ残暑が厳しく  脱水症にでもなったら タイヘンだ。
行き帰り同行できないのに 慣れない飛行場で 会うなんて うまくできるだろうか。

数日後 電話がないので 電話してみた。 
いくらなんでも 姪のいきなりの誘いに 悩ませていたら申し訳ない。 無理しないで。 と 言うつもりだった。 


「家内とも相談しましたが、こんなおんぶにだっこの機会はまたとないので 行くつもりでいます。」

「え? 行くの? やった〜!」  私は はねた。

こうして 9月30日 前日に38度の熱が出て 体調が心配されたのは 私の方だったが(爆)
飛行機はやめて 京都から新幹線で 単身長崎入りした 泉おじと 諫早の駅の待合室で 無事に会うことができた。

イサハヤ

ミヤおばの話の中で、 次男コウゾウ兄さんが 久留米の連隊から 外地に出征するというので
母梅子と 夏木姉さんと ミヤで面会に行ったが 部隊は 夜中に 秘密裏に出発。
次男コウゾウには会えず、梅子さんが作った 栗ご飯を 夏木と梅子さんが 泣きながら食べたという 諫早駅だ。 

音だけで 私を誘っていた 地名が 
その土地へ行けば 風景とともに あぶりだしのように  輪郭を持って 浮かびあがる。

車は 諫早から 多良へ。
津崎さんに教わった 太良糸岐橋 新しくできたセブンイレブンを 目指して走り出した。 





 











| 長崎8人兄妹物語 | 18:18 | comments(8) | trackbacks(7) |
Comment
タラの話、待ってました&#8252;
尋ね人の写真のお弟子さん本人がいきなり電話に出てくれるなんて、ノンフィクションならではの展開にぞくぞくワクワク。
続きが待ち遠しい。
2011/10/26 8:12 PM, from たまご
ほんと、ほんと、タラの話、待ってましたよ!
こころが時空間をトリップしてますねえ。
なんだか、ぴょーんと 飛びたい気持ち。
2011/10/26 11:14 PM, from ぱくこ
わぁ、たまごちゃん、ぱくこさん、
さっそくコメントありがとう!ちっとも集中できない私ですが、俄然やる気出ます!(笑)津埼さんと電話した日は、すぐにまだ生きているミチコちゃんの携帯にメールしちゃいました! 長崎の取材も京都の取材
みんなミチコと一緒に行ったから、
「ウケル〜」って高笑いが聞こえて
きそうです。
2011/10/26 11:38 PM, from かんからかん
やった〜!しかもいきなり猛爆だ〜!続きが待ち遠しい。僕は裏ボスぢゃないけど、裏ボケかまして応援するよ!フレ〜!フレ〜!(←なんか頼りない)

2011/10/27 6:00 PM, from 歯が抜けて風邪ひいた怪獣
怪獣さん、風邪大丈夫ですか?夏に
ヒロシマナガサキダウンロードを見てくださった怪獣さんが、ちえさんのナガサキフクシマダウンロードもなんとかまとめてと言ってくださった言葉がもう一つのスイッチでした。だから裏ボスかな?って思った。(笑)
2011/10/27 10:43 PM, from かんからかん
久しぶり〜
やっぱり長崎関連の話になると、ハリの文章がどんどん躍動的になってこっちに迫ってくる。
電話のくだりではホントにゾクっとしました。
地図が素晴らしい。テツオさんの記憶力もすごいし、絵としても好きです。
(ちなみに私の母の旧姓は一本杉、祖父は佐賀の百姓の生まれです。って関係ないか。)
2011/10/29 12:02 PM, from おすえ
響家子供たちのその後の生き方にきっと大きく影響した太良時代。
ほんと、ツサキさんとの電話のやりとりは、私も震えちゃった…
今回泉さんもいっしょに来れて本当によかったです。
2011/10/29 9:16 PM, from かよこ
おすえ、すっごいおひさしぶり!読んでくださって嬉しいです。お元気でしたか? おじいちゃん、佐賀でしたか。
北島の佐賀ぼうろ 村岡屋の最中 おいしいね♪(関係ないか?)
かよこさん、長崎では一日ありがとう!太良では予期せぬ響写真館のお弟子さんにお会いできて、ほんとに昂奮しました。泉さんも行けてほんとによかった。長崎でも出会いがてんこ盛りでしたが、まだまだですね。
2011/10/29 10:57 PM, from かんからかん









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