場面緘黙(ばめんかんもく)

今思えば・・・・そして あえてラベリングするなら 
 場面緘黙(バメンカンモク) だったのかも! しれない。

<場面緘黙は、ある特定の場面でだけ 全く話せなくなってしまう現象。
子供が自宅では家族らと問題なく会話をしていても、 学校や幼稚園など家の外では、
誰とも話さないという例は多い。行動面や学習面などでも問題を持たない。>

小学校に入学して1年間 しゃべらなかった。
あ 今日はカナちゃんの話じゃなくて チエちゃんのお話デス。
 
毎日先生に 「さよならを言おう。さよならって言いたい」って思いながら 学校に行くのだが
胸がいっぱいになって(かどうか覚えてないが) 言葉にならない。
 
当時は よい子シールとかいうグラフがあって、
授業中 両手を椅子の背に 後ろ手に回して 御用の罪人みたいな姿勢で
背筋を伸ばして 静かに授業を聞けたら 赤い丸いシールが もらえた。(笑)
(後で考えるとおかしなことが 学校にはけっこうあるよね〜)

もちろん そのグラフでは チエちゃんは ダントツ1位! 赤いシールが 毎日増えていた。
ともかく ムダなおしゃべりは一切しないで もくもくと後ろ手を組んでいたのだから。(笑)
 
よくある 最初にビシっとしつける的な ベテランの厳しい女の先生だったが
図書の先生だったので、毎日 読書感想文を 書かされた。
チエちゃんは 毎日 作文に 花丸をもらって
うれしくてうれしくてたまらなかった。 先生のことも 大好きだった。

昇降口で 先生が見送ってくれる時 「せんせい さようなら」と 言いたかったが、
なぜか 声にならなかった。 

そうして 1年近く過ぎ・・・・ 3学期のはじめ
はねつき大会かなにかがあって お正月に仙台のおばあちゃんが送ってくれた
ボタンの花のように 八重の羽根を 学校に持って行ったら
「まあ ハリウさん なんてきれいな羽根!」 と 先生が 声をかけてくれた。

私は 羽根がほめられたのではなく 自分がほめられたかのように 舞い上がって
「さようなら」と その日は 言えた! ような 記憶がある。
 
そうそう。 仙台のおばあちゃんと言えば 入学祝いに
なぜか 濃い黄緑のランドセル
仙台の フジサキデパートから 送ってくれた。
 
がががががががが〜〜〜〜ん 
ちびまる子ちゃんのマンガで顔の上に縦線かかった感じで読んでね)
 

今みたいに イオンで カラフルな ランドセルが選べる時代じゃないんだよ!
男子は黒 女子は赤って 決まってたんだ。
しかも 今みたいな センスいい パステルカラーじゃなく 
ごっつい皮のアジサイの葉っぱみたいな濃いきみどりの!ランドセルなんだ。
どーいう趣味だよおおおおおお!↓↓↓

それが 女子の世界で 何を意味するかを ばあちゃん わかってない!
女の子はいつだって アイテムで場面を支配できるんだ。

で 私の 緘黙と 濃い黄緑のランドセルの 関連は 不明だが
 (まあ これも今にして思えばの 後づけだが)
入学そうそうコケた。 ことは まちがいない。

同じ仙台のばあちゃんの送ってくれた はねつきの八重の羽根で 少し浮上できたものの、
なんせ ランドセルは 6年間毎日だからねぇ・・・・

(母は 私と同じで 打開策をはかる人では なかった。 
たぶん 次に生まれた弟たちがあまりに大変だったのと
私は家では しゃべっていたと思うから 私が学校でまったくしゃべらなかったなんて
母は 知りもしなかったかもしれない。 もちろん ランドセルを 買い換えるなんて発想もない。 笑)

解決策は いきなりやって来た。 
3年生の 4月 担任の先生が 変わったのだ。

今度の先生は 新しく転任してきた 大柄の女の先生で メガネをかけていたが
「ヤ ハリウさん♪」って 朝 私の肩をバンとどついた。
(金八先生の 養護の先生 高畑淳子みたいな感じ)
私はその先生の勢いに気圧されて なんだか ちょっと 解放された。

そう。  今の私は その前のめりな おばちゃん先生に 似た部類だから(笑)
まっさか 1年間 まったくしゃべらなかったなんて なかなか信じてもらえないが
うそじゃないのよ〜〜 ほんとの話だよ〜〜!

小学校6年間で ついに跳び箱飛べなかったし、
逆上がりもできなかったし どんくさい インドアな 内気な少女だったのデス。

だから 人って 環境や周りの人次第で どんどん変わるんだよ。 ってことは 
実感こめて 言える。

チエちゃんの 脳内失語、現状スルー、文章で後追い雄弁会(笑) みたいな性格は
中学、高校、大学、結婚生活でも続き・・・・
ようやく 自分の内側と外側が追いついたのは 改名して3クール目に入ってからでした。
(前にも書いたね。 改名の記事 ↓)

しっかし結婚してからも その よい子シール欲しさにがんばるみたいな性格が災いし・・・・
超ゴッドな マザーin law の前に 口答えもせずに 後ろ手にうなだれて 30年。
毎日の お説教の時は 確信犯的? 場面緘黙で 聞き流してマス。(笑)

場面緘黙は 生き延びるための 自己防衛反応だ! 
って 実感こめて 言える。  
場面緘黙より 怖いのは よい子症候群ですぞ。



附記
仙台にいる 私の姪っ子が どこかで こんなこと言われたみたいで、母親に この話をした。
私の時代は バメンカンモクなんて 言葉 あったのかなぁ???
スクールカウンセリングもないしなぁ・・・

第一 姪っ子の父親(私の弟 サンプル1)は 3、4才になっても しゃべらなくて
親はかなり心配したみたいだが 暴走族を経て、今や会社の社長だ。(詳しくはサンプル1↓)

ちなみに 子育てにおいては  たいていのことはペースの問題だから (親子問題のPSSね)
打開策をはからずに 様子見で時を待つのがよい。
と 私は 思っている。 

兄妹が多いと 親の手が回らなくてちょうどいいんだが 今はそれもできないし・・・・
ラベリングと 相談システムだけ増えて 寄ってたかって 一生懸命子どもをイジルよりは
外で 勝手に遊ばせて 問題を自然陶太せよ って 思っちゃう。   ダメかしらん?

サンプル1      http://kankarakan.jugem.jp/?day=20071201

改名の披露     http://kankarakan.jugem.jp/?eid=657

親子問題のPSS  http://kankarakan.jugem.jp/?eid=410
| おばんの 子に育てられ | 11:05 | comments(5) | trackbacks(0) |

心外

おばんの子に育てられシリーズも
最近受験とか進路とか結婚とか 大きい子どもの話題が多かったので、
一応 市の子育て支援サークルに登録してるのだから 
若いお母さん向けの記事を もっと書いてくださいよ〜〜 
と編集者の私が ライターの私をプッシュ。(笑)というわけで・・・・・

心外だ
  (上の文章に対してではありません)

心外とは、思いもよらないことを言われたり、予想に反した事態に対して、
そんなこと言われるなんて シンガイだ と 不本意、不満、不服を表す言葉だ。
あまり日常生活では 使わないかしら。
 
最近仙台に引っ越してしまった パーティのアイドル ユウコリン(4才)のママ
あっき〜と電話で話していたら 知らない土地で 新しい幼稚園で
ユウコリンも いろいろな反応が 出ているとか。
 
「彼女のイメージと だいぶちがうんだろうね〜」と話したが
そのとき なんだか浮かんだのが この心外という文字。
 
もちろん 幼児が そんな言葉を 使うわけはないが、
小さいハートで せいいっぱい描いているイメージと
目の前の 現実が ずいぶん ちがうんだろうなぁ。

つまり 現実が 心の外 なんですよ。(笑)

そんなとき 人のからだは 動かなくなる。
もしくは 泣いたり 暴れたり・・・・ それって 当然の反応だよね?

今思えば そんな当て字で 妙にナットクできる
意味不明の 大泣きに 我が家も さんざん 悩まされました。

またまた 我が家のカナちゃんの 小さい頃のお話・・・。

まず 赤ちゃんの時から夜泣きがひどくて 毎晩必ず1時間半は 火がついたみたいに泣く。
義母と同居したばかりで、夜中に泣き声で 起こしたら悪いし、
ハラハラ赤ん坊をなだめていたが、 勤め人が眠れないとかわいそうだから
赤ん坊を預かると 母が寝室に入ってきたこともあって 焦った。

私はその頃 成人になってから出た 喘息がひどくて
夜中の冷たい空気を吸うと 喘息が出てしまい、
意味もわからず 泣き続けるわが子と 喘息で 泣きたいのは こっちだった。

う〜ん あの夜泣きの原因は なんだったんでしょう???
なんだか あの修羅場だけ 覚えていて、
どうして治ったのたかも 解決策があったのかも覚えてないが・・・
 
私の 喘息はどんどん悪化し、 
夜中に 病院で点滴を受け そのまま入院ということも たびたび。

子どもにしてみたら
朝 起きたら 母親がいない! という 事態がたびたび。

そういう時は ゴッドバアちゃんがいるから 非常に助かるが・・・・・
退院してきたら カナちゃん 妙にそわそわ そっけない。 私に なつかず、
その代わり バアちゃんの後を追って ババの姿が見えなくなると 火のついたように 泣く。
トイレにも いけない。

そりゃあ そうでしょう。 いきなり 母が失踪して 裏切られたんだもん。

で ある日 バアちゃんが 東京へ出かけると、
小さいカナちゃんは 火がついたように 泣き出し 
引き出しいっぱいの 靴下とパンツを 両手で抱えて、
裸足で 坂道を バアちゃんを 追いかけて 駅まで 走って行った。

私は 坂道に落ちた 靴下とパンツを1つずつ拾いながら(絵的にかなり笑える)
駅まで 娘を追いかけ 泣きわめく娘を がんじがらめに 抱きかかえて 家まで戻り、
鍵をかけた。
夕方 ババが 帰ってくるまで カナちゃんは ずっと 泣きはらしましたとさ。
(靴下とパンツは カナ的に おでかけ必須アイテムだった模様デス)

しばらく お兄ちゃんの絶対支配下だった カナは
幼稚園に入った 5才の夏に 妹アヤカが生まれた。
お兄ちゃんは 赤ん坊を抱っこして まるで 父親のように(当時小1)あやしていたが、
カナは どうもそわそわ 顔がひきつってる。
そして 夏休みの間中 ずっと 熱が出て 下がらなかった。 
なんの熱だったんでしょう? 

9月新学期。 幼稚園が始まったが 幼稚園バスを待っている間 どうもそわそわ
バスが来たら 火がつくように泣いて 乗らない。 登園拒否?!

バスのベテランおばさんが なだめて 抱きかかえるようにして かなり強引に
なきわめく子を 連れて行ったが・・・・・
それが 毎日続いた。 なんだったんだろーね。

後で カナが言うには、 自分が おにいちゃんと 結婚すると思ってたのに
 もう1人女の子が出てきて
どっちが おにいちゃんと結婚するか 心配だった。
(爆)らしい。
そりゃあ おちおち幼稚園行ってる場合じゃないわなぁ。

まあ この話は 一夏じゅうの発熱や 登園拒否の 自分なりの後づけかもしれないが
ともかく からだの方は 後づけの理由より 先に 正直に反応する。

まだまだ カナちゃんが 泣く場面は つづくよ。

幼稚園の 未就園児の 競争のどまんなかで
大泣きして 運動会のムードをこわしたり、
ディズニーランドで 入り口で 中に魔女がいる〜〜と泣き叫んで、
中に入れなかったり、(爆)
日光華厳の滝の滝ツボに下りるエレベーターの中で ずっと泣き叫んで
周りのお客さんを 暗い感じに おとしめたり。(笑)

奈良で 電車の中に お坊さんがいる!お坊さんがいる!と 泣きわめいたり。
電車の中で 誰かがなんか 言ってる!と泣き叫んだり。(ただの車内放送。笑)
以後 電車に慣れさせるために 父親が 成田まで用もないのに 往復した。

自分の 心の中の イメージ以外のことが 起こると 
誰だって びっくりするよね

想像力たくましい 女の子ほど そうなる。 みたい。

こうしてカナちゃんは 小さい時に一生分 泣きはらしちゃったのか
今の のほほん太っ腹なお姉さんが できました。とさ。 ちゃんちゃん。(笑)

4月から5月は、新しい環境で
ガチガチに 肩に力が入ってる人が多いだろうけど・・・・

心のなかは 言葉にならない 豊かなイメージで いっぱい。
現実は イメージと いつだってズレてる。 
からだの悲鳴は 出すっきゃないよ。  ビョーキになっちまう。

心の内と外が 一致してくれば カナちゃんみたいに のほほんなるよ。
と思えば ちょっとは気がラクになる。 かも。(笑)
当時は 先が見えなくて こっちが泣きたかったですが・・・・














 









| おばんの 子に育てられ | 18:26 | comments(6) | trackbacks(0) |

突破! 10パーセントの可能性に 賭ける

いよいよ 受験シーズン まっただなか。
新型インフルは 少し沈静しているようですが、
受験生を抱えた家では、 自分が 戦うんじゃないだけに 
むだに 気を 揉みますよね〜。

100114_1740~01.jpg
朝の テレビで 紹介していた 御利益グッズ。
今年の 新商品?

TOPPO ならぬ TOPPA! (笑)


今年は 受験生が 家にも パーティにも
いないけど、
思わず買っちゃいました。
(身近な  たまごちゃんちの 受験生に
あげました)

みんな それぞれ 
本命突破!!

してほしいなぁ〜。


さて ここからは おばさんの 思い出話。

先日 パーティのママさんが
小学校選びで すっごく悩んでたので
私が 最大に 悩んだ話を・・・






石橋を叩いても 渡らない 優柔不断で 臆病な私。 ・・・デスガ・・・(ホントですよ)
なぜか 自分の人生では 自分の直感、体感に従って、
周りがついて来られないほど 即決即断 してきました。(笑)

自分の そのアンバランスは けっこう好きで、
だからこそ ギリギリまで 決定しないで 追い込んで 
グズグズした自分の体感が エイっ やっちまえっ〜!って 突破暴走するのを
待ってるとこが アリマス。 エヘ。 

そんな私が これまでの人生で 一番悩んで 迷ったことは、
なんと 長女の 高校受験 なんです。(笑)

長女は 小学校の時から 吹奏楽で TBSコンクールや 東関東大会にも 出場してきたので、
高校も 吹奏楽のさかんな学校を 志望。

夏休み前の 学校見学で 絶対にココに行きたい! と ある県立高校に 決めてきました。

が・・・偏差値が 足りず、とうてい無理。 
何度か受けた 模試でも 判定は 可能性10パーセント以下 (爆)
 


でも どーしても ここが受けたい!と
三者面談前の 家族の話し合いでは 大声で 震えるように 泣き出す 始末。 
その 頑固ぶりには、正直ビビリました。 
 かくれ強情 と言われる つむじが2つ あるだけのことはある。(笑) 
 
どうにも試験に弱い子って いるんですよね・・・・・・

我が家では 「兄ちゃんはアホだが カナはエライ」って
育ててきちゃったので(笑)
本人も 実力(てか 試験力?)と 自分のイメージの ギャップが わからないのかも。

いや〜 もちろん 行きたいところに 行かせてやりたいし
諦めないで 可能性に 賭けることは 大事だが、(てか 私の憧れだが)
経済事情で 公立に行ってほしいし・・・・

そのころの県立は 今の 千葉県の 特色化入試のように、自己推薦 じゃなかったんデス。
つまり 自分が行きたければ 自分で推薦して 受けられる自己推薦ではなく、
校長推薦だったので、 学校の判定会議で・・・・・・ やはり 落選↓ 推薦もらえませんでした。

本人は 推薦受けられないなら 一般受験すると 鼻息荒かったのですが、
追い込みで 学力(試験力)伸びるタイプでは なかったので、
結局 志望校受験は 泣く泣く諦めさせ、
ランクが ずいぶん下の 県立高校に 変えました。 

すべり止めの 私立もたくさん 見学しました。
アグネスチャンが 教えてた大学附属の キャンパス広い 某私立学校が エラく 気に入り、
(人間 環境が 一番大事だ! 毎日通うところは 緑が多くて イケメンがいて 美味しい店が
あるところを!って 育ててきちゃったからなぁ・・・)

ところが そこは 偏差値15 以上足りない 可能性 0パーセント。

受験料だけでも かかるし 受験は 遊びじゃないんだから、 
安全な ところに 数を 絞って 受けなきゃダメ。
どうしても 受けたいなら 勝手にしなさい!と キレたら・・・・・

なんと 受験料に 自分の お年玉貯金を 下ろして来たのです!(笑)

入試の面接で、
「親に 無理だから と反対されたんですけど、
 どうしても この学校に 入りたいので、
自分の貯金を下ろして 受験しました」
と言ったら 面接官に おお!と ウケたらしい。(笑)

だったら 合格させてくれれば よかったものの・・・・・そこは 公正な 試験
見事に 落ちました。 

ところが・・・   
やはり 模試の判定が ずっと 可能性 10パーセント 以下だった
別の 某私立高校に なぜか 合格!
(私立は 県立の滑り止めで 最後に蹴られるので たくさん 取るんですけどね)

やった〜!

さて そこから 私の 人生最大の 悩みが 始まりました。
 
一応 高校生になれることは わかったので、
だったら あんなに 受けたいのに 泣く泣く 諦めさせた 本来の 志望校に
 チャレンジさせて あげるべきではないか?

試験を受けて 実力で ダメだったら ナットクできるが
みんなに 無理だムリだと言われて チャレンジする チャンスが 一度もなく 終わったら、
その後の 人生で わずかな 可能性にでも 賭ける 姿勢が なくなってしまうのでは・・・・

いやはや 悩んだ 悩んだ・・・・・・
こんなに 悩んだこと 自分の人生でない。

私だって 数学0点 いつも赤点で 担任の数学教師に
「なに 考えてるの? 絶対ムリよ」と 言われたのに
某国立大学受けたしなぁ・・・・・   
(山が見えて シンシンドーという 向かいの喫茶店に行きたいという 不純な 志願理由でしたが)

娘が どうしても結婚したい!と 連れてきた 相手が、
どーにも ムリだろうって 感じの男でも 娘が 言い張った時は
こういう 気分に なるんだろーか ・・・・・・とか
あんまり 関係ない シュミレーションして 夜も眠れませんでした。(笑)

本人は もう 諦めてたみたいだったのに、
「挑戦してみる?」って 水を 向けたら
「うん 受けたい!!いいの?! 」って もちろん 食いついてきた。  

で 結局また 志望校を変更して、
(推薦入試の後に 1度だけ 志望校を変更できるのです。
 たいてい 倍率見て ランクを下げるんだけどね、 なぜか うちの お嬢は ランクアップ 笑) 
前の学校に願書を引き取りに行き、 変更した学校に 出しに行きました。

結果は やはり・・・・・・・・・ 不合格 ↓↓

仲良しの友だち他 5人で 受けたうち カナだけが 落ちて、 かなり かわいそうでした。
仕方ないデスネ。 実力だから。  ナットクしたでしょう。
 
ま この経験の おかげか、 天性か わかりませんが、
カナちゃんは かなり タフな 根性骨太お姉さんに すくすく 育ちましたとさ。 ちゃんちゃん。
 

附記  
受験生のみなさん 真似しなくて よいです。 心臓縮まります。
おまけに 親は 私立に 高いツケを 払いました。(爆) 

しかも 私が悩んで どたんばで 志望変更しなければ、
受けるはずだった 県立高校に 市立柏の 吹奏楽の先生が 転勤してきて
高校3年間 ずっと コンクールで金賞を取り続けた。 のです。

がああああああん       (人の選択に 自分の体感は効かない)
県立高校の部活は 顧問が替わると ガラっと変わります。 それだけは ご留意あれ。


この記事 受験生の親の 慰めに なってないですね。

でも 受験なんて 後で振り返れば 小さな試練なので、
どう決めるか どう賭けるか の 突破力経験値の方が
のちのち 有効だと 私は娘に 教えられました。(汗)

みなさん、健闘を 祈ってます。 



★ ムダに 悶々して お時間ある方は、 去年の記事も よかったら どうぞ。
      進路指導  http://kankarakan.jugem.jp/?day=20090214
| おばんの 子に育てられ | 07:35 | comments(2) | trackbacks(0) |

草食男子

去年の 流行語大賞に 見事 ランクインした 草食男子

我が家の リアクションが 笑えた。

おババさま 「まさか 野菜ばっかり 食べてるわけじゃないよね。」
アハハ ザブトン1枚!

夫 「草食草食って 草食動物に失礼だ。 草食動物だって ちゃんと子孫繁栄のために 生きている。」
たしかに。 さすが もと生物部。

最近 ハンカチ王子 ハニカミ王子と 王子続きだったが、
草食男子、弁当男子・・・と、なぜか オスの形容多い 今日この頃。

もちろん キャッチーな 新語大好きの 私には ヒットしてるが・・・

草食男子の 特徴として 
  /瓦優しく、男らしさに縛られておらず、傷ついたり傷つけたりすることが苦手。
 ◆[愛には 消極的
  自分の趣味を大事にする

これって 
 「ちょっとお〜 はっきりしてよ! 先に進めないじゃない!」 みたいな
女子の 食われたい願望からできた言葉 (つまり△諒野)の気がしていたが
そーでもないのか? 

テレビで 「自分色に 染められるからいい」って 韓国の(韓国も 草食男子多いらしい)
肉食?お嬢マンが 逆白無垢発言 してるの聞いて、それは ないだろー!って 仰天した。

私は 実人生で 自分色に染められる=つまり 自分の言うこと聞く 男子というものに
いまだかって 出逢ったことがない。 (この育てられシリーズ サンプル1〜5参照)

ネット上では 最近 へいへいへい! なんて私の ムチャぶりに対応してくれる 旧同級生が 数人いて
ちょっと調子に乗って カン違いしちゃうが(ほんとに みなさま ありがとう)
実人生で 出逢った男は まったく へいへいへい! じゃない。

ほとんど 言うことスルー、無視、まったく 聞いてくれない。 (時折 ズラして 聞いてくれる) 
それって 草食か?? アスペルか? いや、確信犯KYだろっ!
(空気読んでたら ヤッテラレネーから 知らんふりしてる。 
つまり 空気ヨメナイ じゃなくて 空気ヨマナイ)

これは つまり 草食 の特徴ではなくて 男子の特性なのね。
と 私は 実人生で 学んだ。(笑) だから 男子たるもの

草食だからって 素直とは 限らない。  

これって 長い ママの管理と 共存してきた 男子の
生物として 生き抜くための 防御策なのね。 たぶん。

草食男子も 一所懸命な マネージ・ママが 育てたのだから。
コミュニケーション能力なくても、プレゼン能力なくても ママのプログラムに従って
次から次に 目の前の 課題を こなしていけば よかったのだから。

小さい時から 外で がむしゃら 遊ぶ時間もなく
自分の 衝動にない バーチャルな 戦いに 勝つか 負けるか 駆り立てられてきたのだし
「あんたは 何が やりたいの!」って いつも 迫られて
やっと みつけた やりたいことに 没頭して 何が悪い! って 男子は思う。
のかも。(あくまで想像です) 

まあ やりたいことやって 何が悪い!は 女子にも あるから、
草食男子って 実は 男子の 問題じゃないのかも。

ママの管理下で 男子なんて 呼ばれてアイドルなうちは まだマシで、
ツマの 管理下になってからは 深刻。
パパのウツや 引きこもりや DVや 不定愁訴は どんだけ多いか。
(データは知らんが たぶん 表面化してる以上に 多いと思う。)

これを 子育てと一緒に 乗り切らねばならぬ 女子は 必然的に 強くなってしまう。
草食か 肉食か って 問題じゃない。 食うか 食われるかだ! 

鼻息荒く でも 相手が不在なので → → つい息子に 勢力傾け 再生産。 
構造悪いなぁ・・・・改革の 道は あるのか。

男子も 女子も いきものなんだよ。 
生き抜くためには 草食ってもよい。 息 抜け! なんちって。(結論になってないね。スマン)

  
| おばんの 子に育てられ | 21:05 | comments(5) | trackbacks(0) |

マリッジ・ブルー ↓

9月は、マリッジ・ブルーでした。↓(涙)

誰が? って 私が。 だ。

私が 新たに 結婚する!・・・・なわけ ない。
娘または 息子にも! ・・・・・その 気配は・・・・ない。

マリッジ・ブルーとは、正しくは、結婚を間近に控えた 女性が、
この相手で ほんとによいのだろーかと 不安に陥る ブルーのこと。

最近では、就活ブルーが多いそうで、早くに 内定をもらった大学生が、
ほんとに この会社で よいのだろーかと(ぜいたくな)ブルーになるらしい。

最近は、親の マリッジブルーも あるらしいよ。
これは 空の巣症候群(Empty-nest syndrome)と 呼ばれる 
子どもが 家から 巣立っていく 喪失感かもね。
ないなぁ、私は・・・長男長女とも 家を出た時 ワクワク♪した。(笑) 

9月1日に ふっくんから 電話が かかってきた。
ふっくんは このブログ初登場だが、息子の 高校サッカー部の 同期で、
高校時代から 親子で お世話になっておる。

「きゃあ! ふっくん ひさしぶり〜♪ 元気なのぉ? 結婚した〜?」
いきなりの おばさん攻撃は ドンピシャだった。

「アハハ します。 今月。」
(きのうが 結婚式だった。 おめでとう!)

「それで ネモと 連絡取りたいんだけど 全然つかまらなくて。ネモ 元気なんですか?」
「ありゃあ、 昨日一日だけ うちに居たのに〜。 生きてたよ、昨日は。」

ふっくんは、ネモが 東京で 芝居の公演を 張る時は みんなに声をかけて 集めてくれて、
いつも 私と 何十人という 集客実績を 2分してきた。(笑)

大学の卒業旅行で まだ 海外に行ったことなかったネモを NY2人旅に 誘ってくれた。
いいな〜 いいな〜♪ 
息子は まだ 卒業じゃなかったし(今もまだ卒業じゃない)
NYの メトロポリタン美術館に 家出するのが夢!の 私は 行きたかったけど、
まさか ふっくんと2人旅 行くわけにも 行かないので、(笑)
せめて 成田空港まで ご一緒した。(てか 送り迎えした)

NYの土産話も ほやほやで 聞けたし、
我が家では 誰も 縁がない 就活の話も 面白かった。
ふっくんは テレビの 番組制作会社に 就職が決まっていて、
入社してからは 鑑定団とか ドライブアゴーゴーとか 作って 頑張ってる。 
ので 私は 最後の クレジットに 名前が 出ないか チェックしてる。

まあ 高校の時から いつも 落ち着いてる 大人な 雰囲気の ふっくんの 結婚は、
そんなに 衝撃的では なかったのだけど・・・

えええええ? なに〜!!

エッちゃんも ケイゴも ヤスも トシも マツダも タカも
 みんなみんな 結婚したの!?
があああああああん!!!
 


なぜか みんな この8月9月に ドミノ倒しのように 結婚したらしい。
トーカツ・サッカー部を 襲った マリッジ・シンドローム・・・・

理系の子は みんな 大学院行くからね、 就職して しばらくして
28才が 男子の適齢期なのか?
うう みんな バカやってたのに・・・ ソツがないなぁ・・・・

みんな 1年の時から 我が家に 泊まって マージャンしたり、
寒い時に 利根川土手に 獅子座流星群見に行ったり、
朝5時起きで 筑波まで サイクリングに行ったり、
いつも つるんで バカばっかやってた やつらなのに・・・・
そのたびに 狭い 物置みたいな 我が家に 雑魚寝で泊まって せっせこ ご飯食べさせてた。



それぞれ 大学に 行ってからも、京都に住んでる 息子が 帰ってくるたびに 集まって、
おばちゃんに 会いに来たよ〜!
 おばちゃんの 料理また食べに来るよ〜! 

なんて嬉しいこと言ってくれるので いつも きゃあきゃあ Hugしてた。

楽しかったなぁ〜♪ 私までが 高校大学 もういっぺん 行った感じだった。(笑)

サッカー最後の 選手権大会は うちのダンナが 一眼レフで 撮った 試合の 写真を、
全員に ミニアルバムにして プレゼントした。

そして トドメの 一撃は、ウラベだ! 

ウラベは、高校の時から 一番目をかけていた。
サッカーでは うちの 息子と2人、いつも ベンチを 温めて、
なぜか なかなか 試合に使ってもらえない ウォーマークンだったけど、
ぐだぐだした でも熱い ところが、 私のツボだった。(笑)

Back to the futureの マイケル・J・フォックスと
ハリー・ポッターの ダニエル・ラドクリフに 似た イケメンで、
写真を いつも持ち歩いて パーティの子たちに 見せびらかしていた。(笑)

高校の卒業式から すでに 後ろ向きな人が 約1名。


ウラベは 大学では 山岳部に入り もっぱら 山通いしてたので、
同じく大学時代 山歩きにハマっていた 私に ヒット! 
ヒマラヤ行くとかで 留年した時は さらに ヒット!   
教職取って 先生になる って聞いた時は またまた ヒット!  

教育実習する前も、暴れて来い!って ウルフルズの『暴れ出す』を プレゼントした。(笑)
        ああ 神様 オレは これで いいですか
        本当に何も わからないままで
        大人になって やることやって  
        ケガの数だけ 小さくなって                   トータス松本


まあ・・・うちの息子と ウラベが 最後まで プーで 残るだろうなぁ と
どこかで 私の安全パイにしていたのに・・・
なんと 8月に さっさと 結婚したらしい。
あいつめ〜! なんて 抜け駆けだ!   
(イヤ 別に プー太郎同盟組んでたワケではないんだけどね) 

すぐに 携帯に電話かけて 
 「ちょっとぉ〜! 私に報告すること あるんじゃない?!」 
 
って 留守電に すごんだが 返信はナシ。
ち 抹消されたか・・・

娘2人に 速攻メールしたら、えええええ! ウラベが?・・・って
やっぱり ショックを 受けてた。 我が家の 心理的 安全パイだったのね・・・・

まあ ブルーな気分は 昔の アイドルが ありえない相手と 結婚! みたいな 感じだから(笑)
別のアイドル見つければ 解決する。
オバサンの ボヤキなんか かまわんでよい。 

ともあれ みんなみんな おめでとう! パートナーと 仲良くね!

 キックオフしたら ゲームは サドンデスでっせ〜♪   


暴れ出すの記事 → http://kankarakan.jugem.jp/?eid=516




  

 































 
| おばんの 子に育てられ | 10:50 | comments(10) | trackbacks(0) |

パラサイト その3 経済的自立

私も つかのま 就職したが (初任給は 7万だったような 笑)
実家から 虚家に 移籍した途端に、仕事辞めるハメになったので(寿退社ではアリマセン)
虚家の パラサイトに なった。

毎年 扶養家族の申請に 市役所へ 非課税証明を 取りに行く。
何も 300円払って 市に 証明してもらわなくても・・・・
ハイハイ 悪うござんした、私は 税金も払ってない パラサイトで ございます って
やさぐれたい気分になる。
でも パラサイトが 何も 仕事してないかっていうと、そうではないし、
私の 稼働率から 考えても 非課税の範囲とはいえ ムショク感は 少ない。(笑) 

社会の半分は 実は パラサイトが担っている。 と 私は考えている。(これについては 別に書く)
稼いでいる人 税金払ってる人だけが 仕事してるって 評価されるシステム、 
ほんとに 私たちの 現状に 合っているのだろうか・・・・

結婚して 仕事から離れて パートナーのインカムに 経済的に依存するように なっても
それは なぜか パラサイトとは 呼ばない。
だとすると パラサイトは 暗に
シングルで居続けることに対する 社会的批判を 含んでいる? のだろうか。

学業期が終わったら、ちゃんと 就職して 経済的自立して 家を 出てほしい。
これは、親としての タテマエと 本音だ。

しかし 勤め先に 通えないという 状況があればだが、
このタイミングで すべての子どもが 家を 出るわけではない。 

私は 自分がやりたい選択は やろうと思えばいつでも できるから、
条件があるなら まずは じいちゃん ばあちゃんと暮らしなさい って 主義なので、
娘たちの 家を出て 通いやすいところに 住みたい願望を 阻んでいる。
パラサイトを 奨励しているようなものか。

家には 家事労働が 山ほどある。 どんだけ 家にいてもかまわない。
私の代わりに 家事をやってくれ と 言うと、娘たちは せっせと 外へ 出ていく。(笑)

今は ある程度の お金さえあれば 一人暮らしは 簡単にできる。
自分が よければ どんなに 部屋が ちらかっていようが、
毎日 コンビニの お弁当だろうが、 よいのだ。
すべてが 自己責任という名の 自分だけの 優先順位に従った 一人暮らし・・・・
子どもたちの 自立は、 そうなることは 目に見えている。
でも それが 生活者として、本当に 自立したって 言えるのだろうか。

ちょっとしたすれ違いや 態度で 家族の憤懣を買ったり、
言われたくないことを言われて イラついたり、
日々の 自己決定(今日の服装とか)に クレームつけられて 逆上したり、
そのことを 腹の中で ぶちぶち 繰り返して 一日気分が悪かったり、
家族の都合に 合わせなければ いけなかったり、
親や 祖父母の 老いを 何気ない時に 実感したり ・・・
 
そういう めんどくささ すべてを ひっくるめて、
家族が 無意識に インプットする サンプルの方が、
一人暮らしで パソコンで検索する サンプルよりも、 
はるかに 人間を 鍛える。 
毒を持って じぶんに 迫る。(毒が 回るのは 実態がなくなってからだけどね。 笑)

母親に 言われたことを じいちゃんばあちゃんにも グサリと言われる。
正しいことは 胸に 刺さる。
今言われても どーしようもないでしょ。 うっせえな! 早く こんな家 出てやる!
みんな そう思って 生きてきたんじゃないのだろうか。

「母を食う」の記事で書いたが、姥捨て、娘の身売りは そんなに古い時代のことではなく、
昭和恐慌にも あった。
この狭い、 資源に限界ある 島国で、増殖する人口を すべて同レベルで養えるほど、
日本は 豊かになったことは、実は 一度もないのでは ないだろうか? 

お互いにパラサイトしなければ 成り立たない、
家族って そうやって 助け合って 来たのではないだろうか?
家族はそろって 丸いちゃぶ台 囲んで 娘も息子も 働いて 家計を助けて 家を支えた。
Always 3丁目の夕日は 私が生まれた 昭和30年代だ。

こんなこと言うと 美しい国日本 家族愛 日本本来の家族のあり方 みたいな
一列横並びの 隣組みたいな 風に なだれるから それは カンベンだが、
パラサイトなんて 後ろ指指す 精神風土が、
もともと 日本には、育ってないのではないかなぁ?

まあ 何につけ 後ろ指さす 村八分の 精神風土は もともとあるから、
経済的な自立に伴う 個の自立の 精神風土が 育ってない と言った方が 正しいか。

それにしても 今の この若者たちの 就労状況のひどさ。
男女機会均等なんて 女子も 深夜のタクシー帰りが 度々の 女工哀史。
こんだけ 働かせて どんだけ 豊かなんだ?

せめて 一緒に住んでいれば、
一週間の どこかで 野菜たっぷりの 家庭料理を 食べることができるし、
健康状態も 把握できるし 会話もできる。
どうせ いつかは 別々になるのだから、せめて 一緒にいる間は、家族なんだもの、
タテマエとは違うが、状況のヒドさに 頭きて 面倒みてしまう 親も多いだろう。

それが 本能としての 親心だ。
本能としての 親心を 欠いた 議論は 上滑る。

この 経済不況の中で 家族の 経費削減から 言っても
親の 退職金と年金に パラサイトした 若者が増えるのは 目に見えている。
私たちの世代は、 後ろ指さす基準が 昔より ずっと甘くなってる世代の子だし、
好き勝手やってきた 我が身を振り返れば
今の子たちの方が ずっとまじめで おとなしいのが 心配なくらいで、
家族でいても 昔ほどの 軋轢は ない。 むしろ 楽しい。

そう 寄生は お互い様 なのだ。

パラサイトと 後ろ指さされつつも 親のもとに いる 数年間が
実は 家族が 一番 お互いを 鍛え合う 時期なのかもしれない。と思う。
お互いに 個を 尊重しながら 助け合って 人間を 鍛え合おうぞ。
  











| おばんの 子に育てられ | 16:36 | comments(4) | trackbacks(1) |

パラサイト その2 実家

お彼岸に 葬儀が重なったものの、彼岸の入りには おはぎを30個つくり、
中日には 母の 田舎の お墓参りと 親戚参り(母も何年かぶりで 行けてよかった)
今日は 東京にある 双方の家のお墓参りのハシゴ・・・ と
おかげさまで、此岸のオヨメは お坊様に負けない 忙しさであります。(汗汗)
パラサイト3部 先週のうちに 書いておいてよかった。   ところで・・・・

前にも書いたが  実家 って言い方  ヘンだと 思いませんか? 

日本語の 反対語に ならうなら、 独立して 構えた家が 虚家 になってしまう。

まあ 人生 いつも 漂白の旅、 住まいは 仮の宿 と 芭蕉翁のように 達観してみたとしても、
虚家 は あまりに ウツロだ。(笑)
英訳すると Real family と Virtual Family とでも なるのだろうか?

私も 改名して 3クール目の 展開に備えたものの、
劇的に 状況が 変わるはずもなく、(詳しくは 1/14 改名の披露 の記事を読んでね)
まだ 最初に移籍した 家にいる。 
それでも28年間  私がキレれば すべてが 切れる、 耐えがたきを耐え、
すったもんだ 格闘してきた 家族だから、
これが 私の Real で、 Virtual Famiry とは 呼びたくないなぁ。 

実家・・・・
つまり、 言語感覚からして、
日本人は、生まれた家から 独立することを、 実は 阻んでいるのでは? ないだろうか。

結婚した 女子が 生家のことを 言うのかと思っていたら、
最近 男子も 実家に帰る とか 言う。
そういう意味では 男子も 家に縛られてない、 一昔前の 家父長制から 自由になった ということか。
(家父長制の頃も 家に 縛られるのは 長男だけで 次男三男は 家を 追い出されるんだけどね。
日本の軍隊と 昭和史を考えるのに、これが けっこう 大きな問題なんだよね)

う〜ん、 家族の 実態は とっくに 動いてるのに、 言葉が まんまだ。

「ねえ なんで 実家って 言うの?」 我が家の 百科全書氏に 聞いてみる。
「昔は 女は 気に入らなければ、いつでも 生家に 返すからだろ。」

なんだ 女の道は 一本道じゃないじゃないか。
だったら、マサコ、私たち 実家に 返された方が 気がラクだったわよねぇ?

しっかし 今や 婚家に 対する 故郷的 実家の意味は薄れ、
娘は しょっちゅう 実家に 帰り、
夕食をご馳走になり、食糧調達もし、保育を頼み、育児相談も、
夫婦の苦情処理も、 支払いも(まさか それはないか 笑)
実家は 日本のコンビニも 到達してない サービス満載の スーパーコンビニと化している。

母は 母で、 これは 私の人生の 新ステージの試練か なんて  
これまで ずっと そうしてきたように、ともかく 目の前の 緊急課題を クリアすべく、
God mother への グレードアップに、 ひっちゃき がんばってしまう。(笑)

我が家は まだ その状況に 達してないが、
例の 私の タチのせいで、一所懸命になるのは 目に見えている。

もう さんざん 滅私で こどもたちに 奉公してきたんだし、
ダンナと 親だけでも ヒーヒーしてるのだから、
今さら コンビニの 店長やらなくたって いい加減 解放してくれない? って 思うけど・・・

まあ 私たち世代を 軸にして 考えれば、
結婚した 子ども家族が 独立して その家族が 立ち戻れる コンビニエンスな 家になって 初めて
虚家が 実家に なるわけだから 論理的には それでいいってことか?

まあ 核家族も 新婚のうちは 楽しいが♪ 子育て が始まると シンドイからねぇ。

一青窈の 歌じゃないが、ひとは 大家(ダージャ)=みなさんに囲まれて育つ方が
絶対いいに 決まってる。
子育ては 大事業だし、絶対 大きい家の方がいい。
インプットと サンプルの 絶対量が 決定的に 違うから。
例の 私の持論 豊富な サンプルのみが あなたを 救う って やつだ。

そういう意味で 核家族が 虚家、じいちゃんばあちゃんも いる家が 実家 というなら しっくりくるね。

家族は、虚家でも 実家でも 力がある。
コマーシャルでもやっている。 ひとは ひとに 育てられるって あれだ。

そもそも 核家族 なんてネーミング ひどすぎる。 
世界で唯一の 核兵器による 被爆国 日本が、
核 なんて言葉 アレルギーなく 家族に使う 神経が理解不能だ。

このへんは、社会学者や メディアに任せないで、 もっとみんなで 現場の意見を交換して、
生活感覚に根ざした 血の通った 言葉と 思想を 持たなきゃ ダメなんじゃないの?
っていうのが 私の 意見。 であります。










 

| おばんの 子に育てられ | 09:12 | comments(2) | trackbacks(0) |

パラサイト その1  ネーミング

4月から 子どもたちが 新しい生活スタイル に シフトする家庭も多いと思うので、
経済的自立について 日頃 思っていることを 書く。

生まれてこの方 パラサイト(寄生) しかやったことがないので、
経済的自立とか 女性の自立とか ジェンダーとか 男女機会均等とかいう話題に めっちゃ 弱い

いつも私が使っている 好き♪っていう意味の 弱い ではなく、
まったく言及できない、苦手って意味の 弱い だ。

どっちかっていうと 頼まれなくても お茶くみしちゃうし、
仕事するより お茶や オヤツの心配を先にしてしまう タチで。(笑)

先日スーさんに 「チエ こういうお総菜ならべて 居酒屋やれば?」 と言われた。
下北沢のカレー屋や 奈良の旅館で 働いてたせいか、
わさわさ 来る人に お茶だの食べ物 出して、
隅っこで ふんふん 聞くともなしに みんなの話を 聞いて、
ふあいと! なんて 肩ポンして 送り出す ママさんみたいな 立ち位置が 昔から好きだ。

うん 採算と 後片付け 考えなくてよいのなら やってみたい 仕事の 1つだね。
ヨウコ に「ダメだよ、チエは。 絶対 採算 取れないし、 あんな田舎じゃ 誰も来ない。(笑)」って
すぐ否定されたけど。(まあ 似たようなことは いつもやっているので よしとしよう)

毎日 90才の母の、
女は3歩下がって男の言うことを聞いて 男は 俺について来いと 引っ張って行った昔の日本と
今はすっかり 違ってしまった。 女が 自分のやりたいこと ばっかりやってるから 
日本は ダメになったんだ! 

という 説教を 聞いて 歯ぎしりしている割には、私も けっこう 男尊女卑を 再生産している。
(これについては 別に書く)

一度くらいは 「でも おばばさま 時代は とっくに 動いてますよ」と 言ってみたいが、 
すさまじい 反撃を考えると、 男尊女卑を 意識構造改革する方へ 私の パワーは 稼働しない。
戦っても 状況変わらないのは 目に見えてるし、
生物的 私の直感と 経験から言って、男尊女卑の 方が なにかと うまく コトが 進む。   

実のところ オヨメとか オバンとかいうのも けっこう 気に入ってる 立ち位置で、
自虐的趣味もあるが、 形勢不利になったら それを ふりかざして トンズラしよう 
みたいな 退路確保に 使っている。
そういう Excuse が 通用する世界で ジコチュウに 生きて来たことは 否めないし、
同期女子が 仕事の前線で 鍛えられ、クリアしてきたことからは 完全に 落ちこぼれている。

だから これは 経済的自立したことない パラサイトの遠吠え と 読んでもらっていい。

これが 私のタチと 日常の生活だから しょうがない。
一応 大学では社会学ゼミだったし、上野千鶴子とか よく読むのだが、
理論的好みと 実生活は なかなか一致しないのだ。

しょせん 人間は 自分の生きてきたありようを 自己弁護する哲学しか 持ち得ない。

私も前線で バリバリ働く キャリアウーマン(私の頃 流行ったなあ この言葉)だったら、
『お一人様の歯ぎしり』 なんて 本書いてたかもしらんし、
自分の中の 筋と主張に従って、不条理と戦い、 Divorceする パワーがあったなら、
それを支える 今とはちがう 哲学を 見つけていただろう。

みんな 少なからず 自己矛盾した存在で、 自分の中の 筋と主張とは ちがう流れに従って、
その時 パワーが出せる 方向に 生きていくのだろうし、
どーにもならない 抱えているものによって、生かされているところもあるのだから、
自己矛盾に 引き裂かれながら 進んでいくしかない。 

あれ? また 前置きだけで 終わっちゃう?(笑)

子どもが大きくなってからの 子育て(育てられ)は、
自己矛盾した 自分を 子どもに突きつけられるようなもので、
(だから 余計に イライラする)
気持ちの 落としどころのためにも、
自分を 棚上げせずに 分析しておいた方がよいよ
という 前フリでした。(長 笑)

ええ で 今日のお題は・・・・・ パラサイト パラサイト・・・・・

パラサイトは、「学卒後もなお親と同居し、基礎的生活条件を親に依存している未婚者を言う」『パラサイト・シングルの時代』(山田昌弘)から来ている。

当然 独立して 1軒家を構える(アパートでもマンションでもいいが)経費は 節減されるから、
(なにがしか 家族に 経費を入れてたとしても)
そのぶん 自由に 自分の好きなことに お金が 使える。

私の頃は、パラサイトなんて いかにも哀しい まるで害虫みたいな 響きの ネーミングは なかった。

なぜか キャッチーな ネーミングに すぐに飛びついて 使いたがる 私。

だが、どうも 社会全体(というか 流れを作っているメディア)に、その傾向があって、
社会学で ネーミングして 分類しちゃうと、

一把一からげにして → 後ろ指さして → オシマイ

みたいな悪しき 流れに陥る。
私も まんまと 流れに乗ってる ってことか。

団塊の世代、三無主義、新人類、ニューファミリー、バブル世代、パラサイト、アキバ系、ニート、ハケン、ワーキング・プア、 ハケン切り 草食男子 墓守娘・・・・etc etc ・・・

でも ネーミングに 暗に含まれる、後ろ指さし感 が 気になる。
後ろ指 さす側の、 大衆心理の方に 興味があるのだ。

前フリで 長々書いたように、 誰でも自分の中に 後ろ指さす側 と さされる側の
自己矛盾を抱えながら 親を やるから。(笑)
そこに 肉迫しないと、私たちの 社会学は 他人事になって、 バッシングするだけで 上滑る。
そこを 考えたいな。 考えよう。




















| おばんの 子に育てられ | 09:23 | comments(0) | trackbacks(1) |

進路指導 ♪   

Dreams come true の記事で、みみっちい進路指導なんかするな と書いたが、
実は パーティの こどもたちの進路指導には、本人が望めば、よく 関わっている。

といっても 私は 勉強の指導は まったくできないので、
一応の方向性を 定めるまでの 相談役・・・というよりは、 迷惑な 攪乱?をやっている。

今年の受験も そろそろ 終盤。 まだまだ 結果待ちの 家も多いだろうが、
思い出して、2007年に ねもとパーティのみなさんへ と書いた手紙の中から 一部を 掲載する。
(ブログを始める前は、1月の発表会が終わった後 ねもとパーティの父母や大きい子宛てに出す手紙が
ほとんど唯一の、私の発信だった。)

パーティを15年やってきて、テューターとして心がけていることがあるとすれば、
こどもたちの心が ほんの少し動くタイミングを はずさないことだろうか。

私がよく 進学や 受験の 相談に乗るのも、
現代では 善くも悪くも 受験が、 こどもが 初めて 自分で大きな選択、決定をする時だから。

それなのに、彼らはどう考えたらよいのか、考え方が わからないまま 選択を迫られて、
見かけより 不安で 困っていることが多いからだ。

「自分の考えを 整理するために おしゃべりしない?」とお茶に誘うと、
長くパーティを離れていた子でも、「お茶したいです!」とメールをくれる。

答えは彼、彼女たちが 探すしかないから 私は ただの聞き役だが、
話をしていると、パーティ活動の中では なかなか動かなかった 彼らの気持ちが、
ほんの少し 動くのがわかる。
私はたいてい、 「一度は 違う視点から 考えてみれば?」と余計な 揺さぶりをかける。

親も子も ごく狭い範囲でしか考えていないし、
しかもなぜか 最初の決定を 親子共に覆せないからだ。

小さい時から、親子に接してきた立場のテューターとしては、
彼ら自身が 気づいてない その子の 志向がわかるし、
どの子にとっても いつも最大の難関(!)である 親への遠慮や思いを、
「だよね〜」と聞いてやることができる。(笑)

受験や進学は、最終的には親子のベクトルが同じ方向だし、
たとえ自分の選択や結果に 不満が残ったとしても、
生死に関わるようなダメージはないから、
安心して揺さぶりをかけられる。というわけだ。(笑)

この機会に 自分の 考え方のクセや、逃げ方のクセ、
問題解決への アプローチの仕方を
自分なりに 認識する方が、その後の 人生には ずっと有効だ。

不思議なことだが、その時の 数回のやりとりで、
初めて、小さい時から わけもわからず参加させられていた パーティというネットワークの
ちがう意味を 彼らは感じているような気がする。

私もまた、この子にとって、少しは出会った意味のある大人として
動くことが できただろうかと 思ったりする。  



今年の パーティの受験生は、パーティに来てない子ばかりだったが、(笑)
前に 「両親と祖母の家をつくる」の本の記事で紹介した 建築学科に受かったサキちゃんと
第一志望の中学に受かったユウキちゃん、ユウユ 共に 自分が立てた 目標を 達成した。

コケたところで 生命の危険はない とはいえ、結果が出るまでは、やはり ハラハラ気を もむ。
こっちから 問い合わせるわけにもいかんし、・・・ けっこう 落ち着かない。

ダメならダメで そういう時こそ 私の出番だ! みたいな へんな自負があるので、
ムダに 今から 受けられる学校がないか 調べたりする。(笑)
ううん 知らせ来ないなぁ。 姉の ケイコに 聞いてみようか・・・・

昨日、今年の最後の 受験生 ノリちゃんから、看護大に 受かったメールが来た!

なに〜! 一人で大声出して、驚喜乱舞♪  即 電話する。
まとめて 報告しようと思ってたらしく、今日の第一志望 だけでなく 
受けた学校は 全部受かってたらしい。
早く言えよ! 心配したよ〜〜!

ノリちゃんは 元祖 白井のパーティが始まった15年前、2才か 3才。
オムツをしていて、 ずーっと長い間 パーティで 一番末っ子だった。
いつもニコニコ笑っているだけで あまり意見も言わないから つい 大きくなっても
みそっかす扱いしてしまう。

そんな ノリちゃんが 中学の時に 私に手紙をくれた。

パーティに自分がいる意味が わからないので、パーティを やめます。

 しっかりした字で 便箋2枚 びっしり 書いてあった。

私は その手紙に エラく感動して! 他のみんなに 読んできかせた。

「パーティやめるって言ってるのに、なんで そんなに 喜んでるの? 
テューターとして やめないで って言うべきじゃない?」 とアヤカに 言われた。

だれでも 中学高校くらいは 部活や学校で パーティどころじゃないから、
みんな ノリちゃんに 先越された感を 持ったのかもしれない。

いや、パーティって なんだか いつのまにか来なくなって、
お母さんが 「すみません、先生、うちの子ったら・・・・」なんて 謝って、 
うやむやのままにいなくなる のが 普通のパターンだ。

だから こんなにしっかり 私に「やめる」って言った子は パーティ始まって以来だ。

「やる」って言うより、「やめる」って言う方が 言いにくい。
これだけ しっかり言える 力が あれば、この先 どこででもやっていける。
私はご機嫌で 絶賛していた。 

でも パーティをやめたノリちゃんに 高校受験の時 「お茶しない?」って誘ったら、
「お茶したいです!」って 返事が来た。(笑)

すでに 受けたい高校は 決めているようだったが、私はいつもの おせっかいで、
エリコや あべちゃんが行ってる 高校 超楽しそうだから 見学に行ってみない?
と 誘惑して、 一緒に見学に行った。
そして 結局 ノリコは ランクアップして その高校を受験することに、志望を 変更した。

今回も 何度も 小論文を書き直して 送って来たり、
面接の練習 お願いします と 我が家に来たり、
どのパーティメンバーよりも 頻繁に 連絡が来た。 意欲的だった。
我が家には 都合よく 進路指導の専門家がいるので、
いつも申し訳ないが ほとんど 丸投げで、小論文の添削や 面接の練習を 対応してもらっている。
「うちで みた子で 落ちた子はいない」って 夫も 豪語している。
(あ 一人いた! うちの子 笑) 

そう。 今回も また ノリちゃんにしてやられた。
もう ノリちゃんは 末っ子の みそっかすじゃなかった。 
私の 老後の 看護は ノリちゃんに 頼んだ。(笑)
指導されるのは いつも こっちなんだ。 

おめでとう! 当面の 目標を達成した 人たち。
ダメだった 人は・・・・・ 私にメールください。 お茶しましょう♪
| おばんの 子に育てられ | 09:19 | comments(1) | trackbacks(0) |

母を 食う

おばんの子に育てられシリーズ、5月の「母を捨てる」「エスケープとスルーは生きる力」から サボってました。
予想はしていたのだが、(だから 書くのは 敬遠してたんだけど) 「母を捨てる」 で パンドラの箱を開けてしまったので、
自分の中の テンションが 下がってしまった。↓↓ ・・・・のです。(嘆)

5月に、思春期の 娘さんとバトル中という 高校の同級生に 「母を捨てる」を読んでねと送ったら、
ちょうど 同じ5月に NHK出版から出たばかりの 斉藤環 『母は娘の 人生を支配する』 を読むところ と メールが来て、
あちゃ、タマキくんに先越された! って 歯ぎしりした。(笑)

斉藤環氏は 精神科医で、専門家。 私は、知り合いでも なんでもないし、歯ぎしりするなんて おこがましい分際です。(笑)
私になにがしかのアドバンテージが あるとすれば、一応3人の 母親で あることと、毎日 娘として支配されてることと(嫁ですが)
仕事柄 たくさんの子どもの 母をやってるってことぐらいでしょうか。
タマキくんの本は、私が経験から 常々感じていたことが 整理されて書かれていて なるほど〜と ナットクすることが多かったけど、
やはり 母であり 娘である私は、 親子の相談にも 自分が投影されて もっと感情的に つらくなってしまうなぁ〜。

雑誌AERAでも、「母を捨てたい」という特集を組んで、
斉藤環氏と カウンセラー信田さよ子さん(『母が重くてたまらない 墓守娘の嘆き』)の対談を組んだりしていたので、
「母を捨てる」を検索して このブログに来る人も 最近増えている。
「母を捨てる」は、子育てから老親の介護まで、人間にとって、最後まで続く 大きな難題なのだな、と 痛感する。

ある時期、自分の中の 呪縛から脱皮するために 子どもたちには 「母を 捨てろ」 と 言いたいが、
昨今の 子どもや若者を襲う 病理的傾向は、本人のみならず、必ずや 母を食う。
そのカニバリズムの 凄惨さは、実は何もわかってないだろう 傍観者の私でも 見ていて ほんとに つらい。

無意識に よい子を強いてきた ツケなのか。
無意識に 子どもを 支配してきた ツケなのか。

子を思わない母がいるはずもなく、病理に侵された娘(息子)の心身を守るべく、母は健気に 献身する。
ある時期、育て直し 生き直しのための 密着が必要だとしても、 そのサドンデスは先が見えない。

母は 壊れ ボロボロになる。

私は2次災害を 防ぐのが 自分の仕事と考えているので、
子どもには 自分のからだが感じるままにやりな と言い、
母親の 精神的サポートをしたいとは 思って来た。   が、
いったい 母なるものは、どこまで 食われれば 許してもらえるのだろうか。

人が 人として 成り立っていくために、 そんなにも 誰かを 食わなければいけないのかと 哀しくなる。

一方 増え続ける 老人の 病理的傾向もまた、本人のみならず、必ずや 娘(息子)を食う。
そのカニバリズムの 凄惨さと サドンデスは、「介護問題」 という くくりでは 抜け落ちる 残虐性を 孕んでいる。

私の 同世代は、ちょうど年代的に、その優しさと つべこべ言わずに 問題に対処する真面目な性格が 災いして、
親と 子の 双方の世代から 食われっぱなしの状態に 陥っている人が多くて、 ふあいと! としか 言いようがない。 

「介護」という 言葉が、想起させる イメージに、老いの持つ アンバランスな 凶暴さは 抜け落ちる。 
そもそも 私たちが、共食い 共倒れを防ぐために、他人に委ねる 介護システムを必要として 生み出してきた、
人と人との 格闘の 生々しい軌跡を もっと思想化 する必要がある。

赤坂憲雄氏の 『境界の発生』(講談社学術文庫) に 岩手県遠野 の 姥捨て谷のことが 書いてあった。
老人は、姥捨て谷に 食糧もなく 置き去りにされ、昼間は 里の畑に 働きに行き、
最後の最後まで 働き手として 役立ちながら、食糧もなく 次第に 朽ちて行く という。
緒方拳が 名演した 映画 『 楢山節考 』の世界である。

姥捨て、間引き、娘の身売りといった 口減らしが 100年ほど前には まだ歴然と あった 国である。
人が 人として 生き抜くために、共倒れを 避けるために、仕方なくあった 共同体のシステム。
生きものの 集団が 本来持っている残虐性を、 教育とか 介護とか 優しい言葉のシステムに置き換えて 封じ込めた 罰として、
残虐性が 病理として、 母を、子を、食う形で 逆襲しているのか とさえ 思う。

 
親子問題は どのみち 解決のつく問題ではないから、発想の転換で、笑い飛ばして、
それぞれ 生きものとして 大きく息を吸おうぜ、というのが 私の いつものスタンスなのだが・・・
・・・・・うう やっぱり、このテーマは、テンション下がる・・・・ ↓↓

母を 捨てる http://kankarakan.jugem.jp/?day=20080513

エスケープとスルーは生きる力 ↑↑  http://kankarakan.jugem.jp/?day=20080516

| おばんの 子に育てられ | 07:32 | comments(2) | trackbacks(24) |

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