会津耶麻郡 針生の庄を訪ねて

2009年4月5日 父と 福島県 耶麻郡 針生の庄を訪ねた。    


まず 喜多方から北上して 熱塩温泉をめざす。
どなたかのブログで 熱塩温泉近くの 針生の館跡?の 竹藪の写真が出ていて
それだけを 頼りに。

示現寺という お寺があった。  平安初期に空海が建立したとも 言われているらしい。
大浦信行監督の 日本心中の映画の中と 同じ格好で 黙々と 歩く 父。

寺のふもとの 雑貨屋さんで おばあちゃんに 針生の庄は どこかと 聞くと
夢の森へ 行ってみろ という。

夢の森とは なんぞや・・・・・・ 









ここ↓  ゲートボール場のことでした。(笑)

このへんに 針生部落はないかと 聞くと オラ針生だよ おらも針生。 と 続々。(笑)
ゲーム中なのに 一人が 車で 案内してくれることに。(感謝感謝)

 おお 標識も → 針生だ!

バス停も 針生だ!
 ここらが 針生部落らしい。


 なんの御用でしょうか。

 94才の ばあさまなら 知っているんでねぇかと
 佐原さんの お宅へ 案内された。

 脈絡もわからず 置いていかれた 佐原さんの息子さんは
 神奈川 湘南から お母さんの介護に通ってらっしゃるとか。

 変な客で 申し訳ない。
  
94才の おばあちゃんは 佐原千代さん。 過去帳を出してくださり、 親戚の 渡辺さんなら
知ってるんじゃないかと 電話かけて 手配してくださった。
                                                                          
                                                              


佐原家は
三浦半島 佐原家の 血筋らしい。
佐原義連(よしつら)かな? 

94才の 千代おばあちゃん、 佐原さん、 
鶴瓶の家族に乾杯! みたいに いきなり お邪魔して すみませんでした。 
ご親切に 感謝しています。    今もお元気で いらっしゃるでしょうか・・・・













おばあちゃんが 電話してくださった 渡辺さんのお宅でも 
鶴瓶みたいに 上がり込んで
お話を伺い 美味しいお菓子 会津の天神さま まで ご馳走になりました。 ご馳走さまでした!
なぜか (シロクママジック?) この時の インタビュー 抹消されて 記録ないので トホホ
再現できなくて ごめんなさい。





この写真の場所が たぶん 芦名氏から別れた 針生盛幸の館? が あった場所らしい。 
伊達政宗が攻めてくるまでは 針生の先祖は ここに住んでいた!
のですね。

以下は なぜここに 来たかの 父の話。(2008年8月)

  あのねぇ、平家の一族だけど、早くから関東に来て頼朝に仕えたのが(佐原義連)
 三浦半島の     芦名の庄をもらって 芦名を名乗ったんだ。

 それが義経征伐の時に手柄を立てて、会津若松にかなり大きな戦国大名として封じられた。

 その芦名家13代だかの当主に(たぶん芦名盛滋)  男の子が生まれなかったの。
 それで弟に家督を譲って、会津若松のちょっと北の 針生の庄というところに引きこもったんだね。
  
 ところが40過ぎて、たぶん正妻の子供じゃないんだろうけど、男の子が生まれたんだね。(笑)
 
 そこで芦名別家針生家というものを立てて 相続した。 (たぶん針生盛幸) 
 
  ところが米沢で育った伊達政宗が、
 
芦名家は相続をめぐって絶えず揉めてるというので、 会津に攻め込んで 芦名家を
滅ぼした。
    
   芦名と針生家は 常陸(茨城)に逃れている時に、
  伊達政宗は 幼なじみだった針生清信盛信?) に 使者を送って おれに仕えないかと。
   で仕えるってことで。

  その時 岩手県岩で山にいた伊達政宗は、針生清信を 岩手県水沢に封じた。
  水沢の灌漑のために堰などを作って、針生堰というのがある。

 これは 100才になる針生おばあちゃん(切田という家に嫁いだので切田さん)が書いた
 針生家の歴史に関する本を もとにしているらしいが 
 父の話は 力強く語る時でも いい加減なことがあるので(笑)
 只今 私なりに ウラを調査中。  史実が整理されたら いつか 書くね。 
 
 思い当たるのは、秋田の角館の武家屋敷を廻ってたら 針生っていう武家があってさ、
そこに 会津の芦名藩が滅びた後に、この針生家は
秋田の佐竹家に士官を求めて来て採用されたって 
書いてあった。
 
 父は母と 何かの折に 秋田角館の針生屋敷
 福島県檜枝岐近くの針生村(5万図の地図にある針生はこっち)は
 すでに 訪ねたらしい。

  人って なぜか 自分のルーツを 辿りたくなるのねぇ。 

  私は いつものように 父の話は 聞き流して 書類の片付けをしていたので
 聞き手は うちの歴男氏。 

      ねも  佐竹が秋田に移ったのは、関ヶ原の後ですか?
      一郎  う〜んと・・、いや関ヶ原の前だなぁ・・・・
      ねも  佐竹は 関ヶ原の前は 常陸が領地ですよ。
        関ヶ原の戦いで 佐竹は 家康側につかなかったので 秋田に 移封される。 
        だから 関ヶ原の後なら わかりますが・・・
           一郎  でも伊達政宗は・・・ そうか 関ヶ原にかかる可能性はあるね。

     
      そしたらこないだ女房のちょうど3回忌の日に、仙台から嫁も来てたんだけど、
   「100才の針生というおばあちゃんから電話が来てます」って。(笑)
   100才になっても健在なんだ。

  そのおばあちゃんが言うことには、
  「このへんの男たちもみんなそうだから、あんたもオシッコちびるでしょう?私は知ってんだから。」    「で、そのオシッコちびった下着をどうするの?
      まさか若い嫁さんに洗わせてるんじゃないでしょうね。」

   「いや、そんなことはない。自分で洗濯機に入れて洗ってますよ。」
   「そーいうことがあるから再婚しなさい! もう今水沢でも探してるんだ。」 というわけでさ。

   まあ、あまりうるさいから「じゃあ、それも一つの考えるかな〜」って言ったんだけど。
   めんどくさい。
   そんな水沢あたりで、全然違う生活してた人と気持ちも通わないで一緒になったって、
   そんな再婚なんてしたくないから。

  父の話は なぜかいつも 下世話な方に流れるので、 
 いい加減に聞いてる 聞き手には 主題がなんであったのか わからなくなり  
 (これって 私に遺伝してるかも。 爆)
 なぜか 後半の方が 記憶に残る。(笑)  この話を 聞いた方は多いと思う。
 

  というわけで じゃあ その針生の庄に行こう! となった次第である。


 ほんとは その後 父の不治の病(儲かる?話に投資して大損する病)が エスカレートし 
  同級生がやってる 霞ヶ関弁護士事務所に連れて行ったり  私が怒り心頭
  旅行そのものも 取りやめる!って なったのだが ・・・・・
  まあ 今思えば あのとき 私がカームダウンして 行っておいてよかった。 かも。(笑) 



附記
 丸木美術館で 開催中の 針生一郎追悼展、
同時開催の チェルノブイリから見えるもの 貝原浩『風しもの村 チェイルノブイリスケッチ』展が評判で、
6月25日(土)まで 会期延長になりました!
現代美術の 圧倒的な勢いと 伴走した 評論家の幸運を 感じる展示です。
原爆の図の展示とともに ぜひ 見ていただきたいです。

http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2011/2011cherno.html#hariu
 






| 明滅 | 23:56 | comments(3) | trackbacks(2) |

風が吹く 国

私の風好きは 昔から なので
長男が生まれた時 風太 という 名前にしたくて かなり主張したが 周囲に却下された。(笑) 

風って 風来坊とか 瘋癲(フーテン)とか 
ヤクザな流れ者って イメージが 強いのねぇ・・・・

日本人の風に対する反応は、生業によってさまざまにちがっている。

縄文時代の狩猟・漁撈民、
稲作が開始された後の農民、
帆の使用を知った後の時代の漁民、
風を利用して銅や鉄などの 金属精錬に従事した人たち。

この四者には風に対する四様のの対応の仕方があり、それらを一緒に論ずることはできない。
(谷川健一 「風を利用する人びと」 民俗の思想 岩波)

猛風や強風は、野だたら と呼ばれる 原始的な製鉄方法をおこなうときに なくてはならないものであり、
鍛冶屋や鋳物師に 大変よろこばれた。


それがいつの間にか、風の神といえばめぐみの神ではなく、
農作物に被害を与える風をしずめる神とみなされるように変った。

そして今は、もっぱら風を防ぎしずめるものが風の神と理解され、
すこしもあやしまれることがなくなった。

日本民俗学もまた、農民の心情を忠実に代弁し、
風が 鍛冶やたたらの仕事をするものにとって どのような意味をもっていたかを 知ろうとはしない。
(谷川健一 『青銅の神の足跡』集英社文庫)
 
古代の鉄つくり 砂鉄から 鉄を作るタタラ 
宮崎駿アニメ 『もののけ姫』に  中世の 出雲のたたらをモデルにした 
エボシ御前 率いる 規模の大きなタタラ場 が出て来たっけ。

福島は 鉱物資源が 豊富で 
古代から 鉄や 金 銅などの 金属精錬の場が 多くあったらしい。 

「福島県の歴史」(山川出版)に 
近年、浜通り北部における 大規模な発掘調査で 大規模な古代の製鉄遺構が明らかになった。
と書いてあるので ネットで検索してみたら 

昭和50年代以降 相馬市 武井地区、金沢地区で 
7世紀後半から10世紀の 大規模な製鉄遺跡が 210も 発掘された 
という。
原子力発電所、工場建設、高速道路建設に伴う 大規模調査で 発掘されたものらしい。
 
 これらの製鉄遺跡は 海岸近くの 頂上または斜面部分 にあるものが多い。
製鉄には 原料となる 鉄鉱石 または砂鉄のほかに 
炉の材料となる粘土、 燃料となる 木炭が必要である。

福島県北部の 海岸地方には、阿武隈高地からのびてくる いくつもの丘陵が迫っており、
丘陵の基盤は 凝灰岩質の砂岩で、
製鉄の原料となった 良質の 浜砂鉄が 含有されている。

また 丘陵の林には 当時は クヌギ・ナラ・クリなどの良質の 木炭材が 豊富であった。
(福島県の歴史 山川出版社 丸井佳寿子 工藤雅樹 伊藤喜良 吉村仁作) 


そういえば 高村光太郎 智恵子抄にも 出てくる 安達太良山(アダタラ)にも 
タタラの音が 入っている!
 
月に1度は山登りをしていた 学生時代、 安達太良山に 登ったことがあるが
馬の背に 張っていたテントが、夜中に 風で吹っ飛ばされて 
命からがら 近くの小屋に 避難したことがあったっけ。

だから 
フクシマ = 風が吹く国、
       吹き(金属精錬者)が棲む国
 という妄想は
いささか 強引なこじつけ(笑)であっても  私には 妙に実感として 腑に落ちる。 

3月15日以来 何度 風の神の怒りとしか思えぬ あの放射能大拡散の 大風が吹いたことか。 

古代から 風を利用してきた民が多く住む土地なら
孫正義の 東日本ソーラーベルト構想ならぬ
浜通りウィンドベルト 風力発電大ファーム♪ 構想 

なんちゃって 誰か 出してくれないかなぁ・・・・・
 風の神も 土地の神も 納得する気がする



附記 1 
NHK ETV特集「ネットワークで作る放射能汚染地図福島原発事故から2ヶ月 
再放送!NHK総合 明日20日木曜 深夜 1:30

録画して ぜひぜひ見てください!!

きいちゃんから 連絡もらって見たのですが 
うう 福島に残っている人たちの苦悩に 言葉がありません。

命がけで この調査をした科学者たちと 番組を作ったスタッフに 敬意を表したい。
それにしても その命がけの調査を 今まで公表しなかった(できなかった?) 
政治 報道の体制とは・・・・? 










| 明滅 | 17:42 | comments(0) | trackbacks(2) |

フクシマ

なぜか 地名に 駆り立てられる私。  だが
3・11以来 毎日 フクシマフクシマの ニュースに怒り 
猪苗代湖ズの I love you & I need you 福島  のメロディに乗って 
フクシマに〜 フクシマに〜♪  と この地名が 頭を 離れない。 

地名は 音(おん)が先で 字は 当て字のことが多いという。
ごく一部の人しか 文字を持たない頃時代から 
地名と そこにいる人びとの暮らしは あるから。

記紀や風土記など記録された歴史は、少なからず当時の政権、
天皇の権威を裏づけるように再編成させられた
可能性がある。
(谷川健一 『青銅の神の足跡』集英社文庫) 

地名の由来も言われも 文書に記録されてないから
どの解釈が正しいか わからない。

(谷川健一講話 『土地の名にこめられた物語』ものがたり文化の会 十代誌1999)

福島県の 地名の由来を ネットの 地名由来辞典でみると

文禄元年または2年(1592、3年)木村吉清によって杉目城から福島城に改称され、
その地域も福島と呼ばれるようになった。
城や城下町が「福島」となった由来は、この地帯が 湿地で 
そのまん中にある信夫島に 吾妻おろしが吹きつけていたため、
信夫島が 吹き島(ふきしま、ふくしま)と呼ばれていたから。
城の名として縁起の良いものにするため 吹く→福 福島となったという説がある。
この他にも諸説あるが、いづれも木村吉清による文献ではないため、正確な由来は未詳である。

図書館で 福島県の歴史(山川出版社 丸井佳寿子 工藤雅樹他編著) を 借りてきたが、

福島県庁の場所は その昔大仏城、杉目城と呼ばれた城があったが、文禄年間(1952〜96)
大森城から移り住んだ木村吉清が この城を「福島城」と名づけたと伝えられるが
その経緯は明らかでない。「福島」という地名が、どのようないわれをもつものかは 不明である。

と 書いてある。

たしかに 地名の由来は よくわからないものらしい。(笑)


谷川健一氏は、『青銅の神の足跡』(集英社文庫)の中で
イフクやサナキと 名づけられた土地から 銅鐸がたくさん出土しているところから、
地名と金属精錬の関係をたどっている。

「弥生時代には 銅鐸を作る人たちを フク、フキ と呼んでいた。
そうした人たちの住んでいる地名が フクまたはフキ であるとされた」

銅や鉄を精錬するのを「吹く」という。
それはフイゴの力を借りて炉に風を送るからであるが、
山の斜面の自然の風を利用することもあった。  
 
(風を利用する人びと 『民俗の思想』 岩波同時代ライブラリー 谷川健一)


ならば 前回の シマ=故郷、くにという意味と合わせて (下の HAPPY ISLANDの記事参照)

福島には 吹くシマ(国) つまり 
風が吹く国  という意味が あるのではないか?!



風フェチの私は この思いつきが 妙に 気に入った!


(もちろん 誰かの研究があるのだろうけど 浅学な私は まだ 辿り着いてない。
この思いついて 辿り着いてない時の ワクワク感が たまらない。 
浅学ならではの楽しさ。 でも これがなかったら なんの学ぞ?)  


HAPPY ISLAND 福島 http://kankarakan.jugem.jp/?day=20110417

風フェチ           http://kankarakan.jugem.jp/?eid=1056
| 明滅 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(1) |

HAPPY ISLAND 福島

民俗学者の谷川健一氏によれば

村が一つの世界を形成していた時代には、
太陽がのぼり、そして沈みゆく空間が宇 宙であった。

その村をシマと呼ぶ所は、今も奄美・沖縄に見られる。

そのシマは、生まれ育った故郷の意味であるが、
長野県や岐阜県などでも島内というときは 村の内を意味する。
まわりを海が囲んでなくても 一向に差し支えないのである。

シマの起源については、自己の占有する特定の地域を指すことは紛れもない。
今日でも、ヤクザの縄張りや廊などを シマと呼んでいる。 (中略)
このシマは限られた地域をあらわすが、古代人はそこに魂があると考えた。
                           (岩波同時代ライブラリー 民俗の思想 「国魂」より)


福島は、 島(island)ではないので この意味の シマ
生まれ故郷 村の 意味 だろうか。

そこにはつけたのは 
アシ(悪し)を ヨシ(良し)と 呼ぶように 
故郷に 福あれ という 願いを込めた 祈りの 命名 だろうか。

あるいは 柴田弘武 『鉄と俘囚の古代史』 にあるように
古代から 鉄や金や馬や 豊富な資源を有する 
ヤマト朝廷から見ても 垂涎の 陸奥として 
福ある国という 誇り高い 宣言 自負 だろうか。 

いずれにしても 我が故郷に福あり 福あれと 
地名を 名付けた人びとの 故郷への想いと願いに 今さらながら 心打たれる。

日本47都道府県のうち 福の字を いただいた県は 3県だが
奇しくも 私は この3年間に この福のつく 3つの県を 訪れた。

福井 福島 福岡

いずれも 父が 深い繋がりを 持っていた県で、
私も 直感的に そうだ! 福○ へ行こう!と 
駆り立てられるように 足を踏み入れた地ばかりである。

ところが なぜか 上の3つの地名に 福 がついていたことを 今まで 気にもとめなかった。
したがって 福=HAPPY を感じることは 特になかった。 
なぜだろう。

英語の直訳で HAPPY ISLANDと 書かれている方が 字面から HAPPY感を 感じる。

位置的に どこかへ 行く時の 途中に寄るような 地理関係に あるから だろうか。
実際に行ってみると とても良いところなのに なぜか 地味だから だろうか。
(地元の方 ごめんなさい)

今 毎日 福島の字が 新聞一面を 飾らない日はない。
原発事故と関連して であるから そこに暮らす人びとの 
故郷をずたずたにされるような想いは どんなだろうと 胸が詰まる。

2009年4月 私は 父を乗せて 常磐自動車道を いわきから 会津若松へ抜け
そこから 喜多方を通って 福島県 耶麻郡を 訪ねた。
耶麻郡に 針生の先祖 芦名氏から分家した 針生盛幸が領していた 針生の庄があるという。
どなたかの ブログの写真だけを 頼りに 少ない情報を頼っての 出発だった。
   
その1年後に まさか 父が亡くなるとは 思ってなかったが、
父が 自分のルーツを辿る最期の旅、 私の同行は 最初で最後の 福島行きだった。

私の中で にわかに点滅しだした 福の字のつく地名。
地名には 力がある。 と 信じている。  辿ってみようと思う。

 

附記  
福島を 愛する歌です。 聞いてください。

猪苗代湖ズ I love you & I need you 福島 
http://www.youtube.com/watch?v=3CQJuAN2BEY

こちらから ぜひ ダウンロードしてください。 福島への 募金になります。
http://www.inawashirokos.jp/

福山雅治のギターとハーモニカが 意外にいい! ↓   

http://www.youtube.com/watch?v=plY2p1EBe94

郡山っ子ズ I love you & I need you 福島 
子どもたちの歌声は ちょっとハズレてる子もいて ほんとにいい!
I wont you baby に泣ける

http://www.youtube.com/watch?v=plY2p1EBe94


| 明滅 | 09:20 | comments(2) | trackbacks(0) |

復興の狼煙(のろし) ポスター・プロジェクト

仙台の弟のツイッターに貼ってあった 復興の狼煙(のろし)ポスター・プロジェクト
見てください。

http://fukkou-noroshi.jp/posters/#iwate

http://fukkou-noroshi.jp/


顔 違うから。 
ふやけてんじゃない! って 自分に叱咤。

撮影は 馬場龍一郎さん だそうです。

| 明滅 | 16:15 | comments(0) | trackbacks(0) |

ちーくんの南米波瀾万丈 最後はニヤリ旅 

今朝起きたら ちーくんから 続報届いてました!

ウユニに行けました!
心配だったバスも無事時間通り目的地に到着。
相当揺れると聞いていたので、心配していたけどよかったー。

天気は、それはそれは最高でした。                  





















ついに明日から日本へ向けて出発です。
波瀾万丈だった旅行も、最後はニヤリとできました。

後は、入国審査で何も起きない事を願いつつ
ボリビアの最後の夜を楽しみたいと思います。

                        ボリビアのベットから愛を込めて。 ちーくん



わお これが有名な ウユニの塩原ですね!

よかった〜〜 相棒クンも 嬉しそう&元気そうで よかった!
また 2人で ねもパに遊びにきてね〜〜 無事に帰って来てね!



附記

私は ひさしぶりに ミチコちゃんちに行ったら 玄関の外が 花束持った長蛇の列で
「なにごと? 今日って四十九日だっけ?」と焦ってえりこに聞いたら
「毎週これで りょうちゃんが大変だから 今日は私も仕事休んだ」
って来た客に ケータリング 料理を出してる夢見た。つかれた〜〜 
アハハ いなくなっても 手がかかる。 てか あの人気。(笑) 
起きたら ちーくんからのメール。 これから 出かけるので ダッシュで 出すよ!(汗汗)


そうそう、わたしゃ 30年以上海外旅行行ってないので
夫婦で定年旅人世界放浪の きいちゃん&船長に eチケットの仕組みを聞いてみたら
きいちゃんたちも いつも eチケットだけど 2人連名ってのはなくて
2人別々に来るから 日本での発券段階で 抗議した方がよかったかも だって。
う〜ん、 帰ってから 聞いてみた方がよいかもね。

 
| 明滅 | 09:18 | comments(0) | trackbacks(0) |

現地リポート♪ちーくんの南米トホゝ旅 その1

2011年2月14日  かわいそーな話です。

ペルー行くために、サンフランシスコ乗り換えで、
相棒のMくんが入国審査に ひっかかったのです。

そのご彼は2時間拘束され、結果的には飛行機に乗れませんでし た。
 お陰で、サンフランシスコに二日間拘束。
スケジュール的にマチュピチュ も行けないことに....
 
昨日一日はショックのあまりど こにも行きませんでした。
 

とりあえず生きていると セキヤ家に伝えてください.... 以上サンフランシスコから愛を込めて  ちーくん 
                                    
 わお われらが ねもパのちーくんから 
 バレンタインにアンハッピーなメールが。
  
 今日届いた写真。 アクシデント直後の 空港で。
  ご本人の許可を得て 掲載します。
 
  アハハ 誰に撮ってもらったの?
   ぼうぜん度が 伝わる。(笑)

 念願の マチュピチュ めでたい卒業旅行だったのにねぇ。

 私の ペルー行ったまま ノーリターンで 現地ガイドになってしまった
 ミチコ・中沢に マチュピチュガイドしてもらう予定だったのに!
  
 日程の都合で マチュピチュ行けないかも! だって。
 ええ それは 悔しい〜(涙)
  
                 マチュピチュ  http://kankarakan.jugem.jp/?eid=887
  
彼らのせいじゃないのよ。 チケットの 連名表記 による 言いがかりみたいなトラブル。 らしい。
ありえな〜い! なんなの それ?! らち?
こーゆーとき、 純子さんでもいれば 英語でまくしたてて、 Objection!できたのかもだけど。
私じゃ ダメだわ。 泣き寝入り。 すごすご。

しっかし前の記事のコメントにも書いたが 私も30数年前 
初めての海外旅行でパリに着いた次の日に おなかこわして 入院するハメに。(爆)
10日間も拘束。 お友だちとの HAPPY SPAIN旅行に 置いていかれた。

あれは 私のせいなのよ。(笑)
PIA (パキスタンエアライン)で インドドバイ周りで 44時間もかけて フランスまで行ったのだけど
隣に座った スリランカのお坊様が ベジテリアンで
機内食の お肉をみんな私にくれるから NOと言えない私は全部食べて ハラこわした。(爆)

だから ふあいとだ! トラブルも 旅のうち♪  
なんて なぐさめになってない?

今日もげんきな げんち報告 届きました!

昨日ボリビアについて、今日の朝2人とも 高山病にかかりました。 (アハハ 爆)

本当は今日ウユニという目的の地に行く予定だったけど、一日休みまし た。
宿泊者の人に薬をもらって午前中寝たら、僕はしこたま元気!

しかし相棒は、目眩と吐き気がとれなくて、薬局に行って薬を飲ませました。
相棒も大分良くなってきました。

明日の夜に、ウユニに向かい 日帰りのツアーに参加します。
本当は一泊し たかったけど まぁ しゃーないです。
 
まぁ、そんなこんなで 今日も 南米で生きています。   ばいばーい      ちーくん

お だいぶ 復活してますね♪   その調子!
実生活で ありえないボコボコな 浮き目に遭ってるんだから タフに行くっきゃないぜ。
  
    リマの教会の前でご機嫌         ラバスの夜景

インカコーラ ベリーポビュラー but・・・・                                         
ラバスの研ぎ屋さん       

 



  







| 明滅 | 17:46 | comments(0) | trackbacks(0) |

日本海 鳥瞰図


3時15分 飛行機は 小松空港を 飛び発った。

小松空港・・・ その名前を 見た時から 来たかった。
父の 最後のフライトの 風景を 見たかった。

SN390230_0002.JPG
 
幾重にも 低い山が連なる。  その前に 自衛隊の 格納庫が 並ぶ。
ながい滑走路・・・・・

え? こんな小さな飛行機? 
しかも 歩いて乗るの?     カサブランカみたいだなぁ・・・(笑)
 
ガタガタガタガタ・・・・
離陸する瞬間 うわ 神様!・・・・ 足を ぎゅーーと突っ張って 力を入れてしまう。

ブレーキを踏んで どうする。 ここは 加速だろう。(笑)
けっ いつも 揚力揚力と 吠えてるくせに なんてざまだ。  弱虫。

心臓横8センチに肥大した動脈瘤が よく この気圧の変化で 破裂しなかったものだ。
 

無事に 雲の上に出ると 機体は安定した。  うわ 雲!
集雲   この名前のついた建物が出てくる話を 読んだばかりだ。 

カメラない? 昂奮して 前の座席の連れを 叩く。  ランプ消えなきゃ 取れないよ。

55年の人生で まだ 飛行機に 6回しか乗ったことがない。
だから・・・というわけではないが 飛行機で 窓側に座ると 異常に昂奮して 
バチバチ 写真を撮ってしまう。

帰って見ると それは ただの 翼と 雲の写真で(笑)
その枚数の多さだけが 昂奮の度合いを 伝える。

鳥瞰 ・・・・・・・飛ぶ鳥の目になって 地形を見るのが 好きなのだ。
サン・テグジュペリの 飛行記録『人間の土地』を 愛読していたせいだろうか。

え? 雲の 切れ間に 海岸線が見える。













まったく 予想してなかったが 
飛行機は ずっと 
海岸線と平行に 走っていた。


あれ? 海岸線が 飛行機の下を 曲がっている。
半島・・・・・か?  わ もしかして 能登? テンションあがる。


















死ぬ前日に こんな風景 見たのだろうか。
もともと 外界を 見てるんだか 見てないんだか、
あまり 風景に 見入るような 感じの男じゃなかったしなぁ・・・・

前の週に 入院させたくて 病院に連れて行った。
あの 呼吸困難な 新宿駅西口地下広場タクシー乗り場から 小田急線改札まで
歩くのに 30分くらいかかった ひどい喘鳴状態で  
それでも独りで 彼を 福井に 駆り立てたものは なんだったのか。
 
 雪を いただく かすかな 白い山並み 
                    あれが 立山 北アルプス?



やっと 海を離れ 山の上を 飛ぶ。 富山あたりで 右折したのだろうか。
 雪が 少ない。 長野の スキー場 商売たたない・・・・ 遠くに 富士山が 見える。


なんかね、留学でも移住でもいいんですけど 僕なんかね
どんどん人は動いた方がいいて思うんですよ。
行って見て帰ってくる。あるいは帰ってこない。

動いたことが悲劇だと思ってたら ずっとなんていうか
恨みを晴らすために生きてるみたいな感じになるじぁないですか。

でも日本語でいうと ええと、「愛憎」? 好きだけど嫌い、嫌いだけどでも好き・・・・
ツンデレ?・・・・ツンデレとは違うか。あーすみません関係なかったです。

そのね、故郷って、必ずしも 好きじゃないですよ。
でも、濃いじゃないですか。 良くも悪くも、そこで育っちゃったんですよ。
そういう・・・。あ、いま差し紙が来ました。えー、ああ、「恩讐」だそうです。
おお、この字面、迫力あるなあ!

うん、そう、そういう故郷への濃ーい思いっていうのを身のうちにずっとためたまま生きていくのって
なんかいいなあって思います。

                                 高野竜 アラル海鳥瞰図 馬倒了の独白より
 
  ※馬倒了(マータオラ)は 中国吉林省長春出身だが沿海州に住んでいた回族(ハオ)族の末裔で
   今は群馬コミュニティFMのパーソナリティ、という設定。






















 
日本海・・・・・・・
いつも この響きに 駆り立てられる。

人が人を 呼ぶ。
地名が 想いを 駆り立てる。
風景が 浸みてくる。 今まで 見て来た風景を 投影させる。

そうして 人の 想いの流れが 腑に落ちる。  磁場は 人が 作るのだ。

おお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い !!

















アジアの芝居には人間が出てこないんだ。
ゾクっとしました。 え?なんていいました?

演劇には機能てもんがあるんだよ。
生きた人間同士の関係のもつれとか 神々との契約とか あるいは冒険とか 労働争議とか
演劇には主題てものがある。
アジアの演劇のテーマは その意味でいうと それらのどれでもない。 
なんだと思う?

分かりません。
いや分かってたのかも知れない。 ぼんやりとは分かってた。
でも言葉にならなかった。分かりません。

つまり鎮魂だよ。 
                ああそうか ほろびた人々の思いを画面に乗せてたのか。

                               高野竜作『アラル海鳥瞰図』 高良愛の独白より 
    
 ※高良愛 はアニメ好き。 コリア系の ロシアアニメーション作家セルゲイ・パクが 彼の故郷
ウズベキスタンの涸れかけてきたアラル海のほとりの砂漠で羊を飼っている人たちと
新しくできた鉱山に出稼ぎで来てる外国人との、両者がどう喧嘩してどう折り合っていくのかを 
アニメ・ドキュメンタリー? で描いた 作品について 語る。


 高野竜 『アラル海鳥瞰図』の 戯曲は 宇野重吉演劇祭 ブログから 読むことが できます。 
観たけど ややこしくて わからんかった方 再読できます。
                               http://www.value-up.jp/wordpress/?p=51

  

                           





| 明滅 | 12:24 | comments(5) | trackbacks(1) |

ブラタモリ ♪

先週から NHKのブラタモリが 再開して ごきげんだ♪

前回のシリーズも ハードディスクをふさいでいるので
「おかあさん、早くブラタモリ消してよ!」と 娘たちに叱られている。
「いや、データとしているんだ。 DVDに移すから 待ってけろ」 こう言い続けて 半年以上経った。
 
タモリその人が たいして好きなわけではないが なぜか彼とは 好みがかぶる。 
ジャズフェチ 坂道フェチ 地図フェチ。(笑)
 
もちろん 私なんぞは 坂の町長崎DNAによる 気分だけのフェチだから 
マニアック度は 足元にも及ばない。
失われた川フェチだったなんて!知らなかった。  タモリに 一目置くしかないか。
 
「東京には 墓と坂道しか 見るべきものはない。」とは 我が家の 博物氏の 弁。
関東大震災や 空襲で 何度も焼けているので
寺や仏像は 見るべきものが ほとんどないそうだ。

「だから オレは 奈良に住みたい」 というのが 彼のオチだが、
もう20年もやってる 公開講座では かつて文学散歩といって
おばちゃんおじちゃんご一行様を 東京の墓地めぐりに ご案内していた。

私が 坂道で騒いでたら ちゃっかり 『東京の坂道』って本を 買って来た。
アハハ 奥さんご一行さまを  ご案内してくれるのかしらん。

そういえば 私も苗字が変わってすぐは 
団子坂って 千駄木の坂の上に 住んでたのになぁ。
あの頃は 新宿に勤めてたから 千代田線にのるだけで
ブラチエする時間がなかった。

山の手線の内側に住めるなんて 一生に1回かもねって 言ってたとおり
すぐに川向こうの カントリー暮らしになってしまった。
あのへん ぶらぶら 歩いてみたいなぁ。
 
私は 東京生まれ 東京育ちのわりに、
地理や町の構造が よくわかってない。
 
ブラタモリは 昔の錦絵を CG化して 時系列で 町の変化を見せてくれるのが 面白い。

昔は 寺町だったとか 海軍だったとか 川だったとか 海だったとか 
なーるほどねと 町の歴史の必然と 
開発のいささか暴力的な 痕跡がわかって おもしろい。

このブログでも 何度も書いてるが 私は 風景が人間が育てると 思っている。
 
なんとか本にしたいなぁと 切望している 母の兄妹の聞き書き『長崎八人兄妹物語』も
17才の夏に 一瞬にして失われた ふるさとの風景と、
そのことが少年少女たちの 何を封じ込めたかが 私的テーマだ。
 
これも クレープフェチの記事に書いたが
同じポイントが 時の経過で どんどん 変わっていくのを 見るのが好きなんだ。
それによって 風景も 人間の動き方も 変化していくから。

失われた風景と 幽霊たちの想いは 地層の下に どんな物語を 隠しているのだろうか。 

層になっているものを つい一枚一枚 はがして行きたい衝動に駆られるんだよねぇ〜。
クレープフェチ♪  http://kankarakan.jugem.jp/?eid=841
 

さあ 今日木曜日夜10時  ブラタモリは 丸の内♪  
| 明滅 | 07:30 | comments(4) | trackbacks(0) |

マチュピチュ♪

マチュピチュ  という地名は なんだか 妙にそそられる。

南米ペルーにある標高2000メートル以上のインカ帝国の古代都市遺跡。
 
地名って不思議だ。
名前を聞いただけで 行ってみたくなる。

オラン、アルジェ、ロルカ、アリカンテ、シズネロス、チェスキー・クロムロフ、
アレッポ、ポカラ、カトマンズ、コヒマ、マンダレー、タイレン、リョジュン
遠い国への 憧れのベクトル。
自分の人生で、そのカードを切るタイミングが 巡って来るかどうか・・・・
まったくあてがなくても(笑)カードを持っているのは なんだか楽しい♪
地名って、それだけで充分な 不思議な力があると思う。
しっかしマチュピチュはあまりに遠し。
せめて ゴトウレットウ、アマクサ、シラヌイ、チラン、クマノ、トサミナト、
に想い馳せん私・・・・・
30年前、マチュピチュの地名に惹かれたのか
ナカザワさんはペルーのトレッキングツアーに行ったまま
帰らぬ人になってしまった。 亡くなったわけではないよ。(笑)
1年間の航空チケットでは 全然物足りなくて、チケットを払い戻して、 そのまま 住み着いてしまったのだ。 以来30年。
今は 標高3000mの クスコに住み着いて、そこで ガイドをして暮らしている。 ナカザワさんは 成蹊大学ワンダーフォーゲル部の先輩で 私が1年生の時の 4年生。 なぜか気が合って 個人山行には いつも ついて行った。 守門(すもん)、 飯豊(いいで)、 雨飾(あまかざり)・・・・・ ナカザワさんに 誘われて登った 越後、北越の山々も 名前の響きに 惹かれたものが 多かった。 ナカザワさんは 文化人類学の カンベゼミで、 私もそのゼミに 入りたかったのに 私が3年の時 カンペ先生が 留学して 入れなかった話は 前に 音楽の話をしよう♪で 書いた。  
ナカザワさんは 卒業してからは 大阪万博跡地に オープンしたばかりの
民族博物館に非常勤で入った。 私は 奈良に通っていたので ナカザワさんの京都の実家にも 何度か泊めていただいた。 ペルーに行って 最初の10年は、まったく日本に 帰らなかったという。
メールの ある時代じゃないし、心配したご両親が ペルーに探しに来たとか。(笑)
日本に帰るたびに 必ず私の家にも 来てくれるので、
娘たちは ナカザワさんの大ファン。 
初めて来たとき、プリン(犬)のフードを「どんな味?」って
なんのためらいもなくパクって食べちゃった! ので、
ナカザワさんは すっかり娘たちの人気者だ。(笑) いつかマチュピチュに行きたいと思ってる
ねもとパーティの若者たちと一緒に
現地の情報を あれこれ 教えてもらった。
1月の大洪水で 土砂崩れになり、
マチュピチュへの道路はまだ 復旧していない。
 現地の 生な情報は 貴重だ。 
マチュピチュ                   この名前に惹かれて いつか行きたいと 密かに思っている人は・・・・(多いと思う)
ナカザワさんが所属している 旅行社ナオツールのHPを 訪ねてみてください。 naotour http://www.naotour.com/default.php
 
スタッフ ガイドのみちこさんが われらが ナカザワさんです。
下の写真は ナカザワさんのアルバムから 京都のお姉さんに送っていただきました。
ね! そそられるでしょう? ナオツールでは トレッキングメニューもあり ナカザワさんが案内してくれるますよ!
アウンサンガテ山(6372m)クスコ ポンチョを着てるのがナカザワさん

ブランカ山群               パクチャンタ温泉 プールみたいな露店風呂

ハウアコチャ湖とワイワッシュ山群




成蹊大学ワンダーフォーゲル部OB会のHPに 私のブログがリンクされているので、
諸先輩方 ナカザワさんはまったく変わらず 元気ですよ。
ぜひクスコに 訪ねてくださいね。



 附記 なぜか ミチコという友人が 多い私。 
ミチコは 磁場を生む名前なのかもしれない。
昨日の朝日新聞の土曜版beうたの旅人で サイモン&ガーファンクル『コンドルが飛んでいく』で ペルーの紹介を出していた。 最近 新聞とNHKの企画が私の企画とかぶるな〜。(笑) 私の代わりに取材してくれて ありがたい。
| 明滅 | 08:45 | comments(4) | trackbacks(0) |

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